沖縄本島の南端、糸満市の沖縄平和記念公園付近一帯は摩文仁(まぶに)の丘と呼ばれる。太平洋戦争末期、海は米軍艦隊で埋め尽くされ、艦砲射撃などで丘周辺の草木は消え石灰岩が露出した▼宇都宮市出身で沖縄県警察部長として、住民の県外疎開に尽力した荒井退造(あらいたいぞう)の終焉(しゅうえん)の地である。荒井の足跡をたどる栃木県立博物館のテーマ展で、終戦直後の丘の写真が展示されている。荒涼とした風景が激しい戦闘を物語る▼同展は昨年、都内に住む荒井の親族から多数の関係資料が寄贈されて実現した。例えば、清原尋常高等小高等科から宇都宮中(現宇都宮高)に送られた内申書には「性質は無邪気、素行は善良」などと記されている▼44歳で消息を絶つ直前まで、住民保護に命懸けで取り組んだ人柄の一端がうかがえる。上京後、苦学を重ねて手にした高等試験行政科試験(現在の国家公務員総合職試験)の合格証書のほか、満州や福井県など警察官僚や地方事務官時代の書類、写真が初公開された▼荒井が注目されたのは、2013年の宇都宮高の同窓会報がきっかけ。郷土史家の同校OBが、荒井の偉業に焦点を当てた一文を寄稿し顕彰の機運が高まった▼摩文仁の丘には荒井と、同じく県民に寄り添った島田叡(しまだあきら)沖縄県知事をたたえる石碑が建つ。テーマ展は悲惨な戦争の現実を教えてくれる。