前期の展示の柱の一つ「鎌倉将軍家政所下文」を見る高橋教授(右)と大山さん

 【茂木】町の礎をつくった中世の武家、茂木氏の、鎌倉期から戦国期にかけての古文書を集めた「茂木文書(もんじょ)」の全貌を初公開する「茂木文書の世界」展が、ふみの森もてぎ歴史資料展示室で開かれている。貴重な文書の大半を、来年1月まで3期に分け公開する。茂木氏が秋田に移って以来「400年ぶり」の里帰りとなる。

 茂木氏は、治承4(1180)年に八田知家(はったともいえ)が源頼朝(みなもとのよりとも)から下野国茂木郡(茂木保)の地頭職に任じられ、3男の知基(とももと)が茂木城を築城、「茂木」を名乗ったのが始まり。慶長7(1602)年に常陸佐竹氏の移封に従い秋田に移り、幕末まで佐竹氏の重臣として存続した。

 茂木文書は、源頼朝が知家を茂木保の地頭職に任じた「鎌倉将軍家(源頼朝)政所下文(まんどころくだしぶみ)」以降、茂木家に宛てた書状や手紙、公文書を集めている。明治時代に茂木氏の子孫から秋田県大館市の個人に渡り、所蔵されてきた。

 今回は全86通のうち約70通を、同館開館3周年記念特別展として展示する。数通が公開されることはあったが、全体像の公開は初という。9月8日までの前期展示では、「鎌倉幕府・建武政権と茂木氏」をテーマに15通を展示している。

 展示に当たり、茨城大人文社会科学部教授高橋修(たかはしおさむ)さん(54)を中心に研究者や学生が「茂木文書研究会」を組織し調査を行った。高橋教授は「この規模の中世文書は関東の武家文書の中では希有(けう)。武家の苦悩や人の信仰までうかがえる」と話す。注目度は高く、展示初日の13日から多くの研究者らが訪れた。

 展示の担当で同教授の教え子大山恒(おおやまひさし)さん(24)は「茂木氏研究の最前線を知ることができる。ぜひ各期通して見てほしい」と話した。20日には関連行事の講座第1回「鎌倉幕府・建武政権と茂木氏」が午後1時半から同館で開かれる。A4判170ページの図録(1500円)も発刊された。

 (問)同館0285・64・1023。