小説「すっぴん」は18歳の主人公、林和子(はやしかずこ)さんが列車で鬼怒川温泉に向かう場面から始まる。学生時代の制服を着て、荷物は菓子製造で着る白衣が入った小さなかばんが一つ▼金沢市で経営していた菓子店を倒産させ、夜逃げ同然で鬼怒川に居を構えた夫の虎彦(とらひこ)氏を追う旅だった。虎彦氏は後に、和菓子製造の機械化を思い立ち、自動包あん機を開発。宇都宮市でレオン自動機を創立した人物である▼小説は製作委員会が手掛け、虎彦氏の人生を和子さんの目線と言葉で語る構成だ。虎彦氏が鬼怒川温泉で銘菓「鬼怒の清流」を生み出し、その利益などで10年以上の歳月をかけて、和菓子職人を単純作業から解放する夢の実現の過程が描かれた▼和子さんは人生で化粧をしたのは自身と友人の結婚式、夫の藍綬褒章受章式など数回。それ以外は「すっぴん」で通した。そうしたエピソードが書名となった▼「私は菓子屋の女房。大切なお菓子に匂いが移っては台無しだし、貧乏で化粧品を買うお金もなかった」のが理由という。若い時の苦労は買ってでも、と言われる。とはいえ夫婦の歩みは波瀾(はらん)万丈の一言に尽きる▼本の出版披露会で参加者から「NHKの朝の連続小説の原作に」との声が挙がった。それだけ内容が濃く、実現すれば視聴者の心をつかむだろう。考えただけでワクワクする。