手紙や日記などを展示している山岸啓祐さんの遺品展=5月下旬、茨城県阿見町青宿の雄翔館

山岸啓祐さん

手紙や日記などを展示している山岸啓祐さんの遺品展=5月下旬、茨城県阿見町青宿の雄翔館 山岸啓祐さん

 太平洋戦争末期、海軍の航空特攻隊として米戦艦に突入し亡くなった足利市福居町、海軍少尉山岸啓祐(やまぎしけいすけ)さん=享年(21)=の遺品展「七十年目の奇蹟(きせき) 見えてきた兄の最期」が6月2日まで、茨城県阿見町青宿にある陸上自衛隊土浦駐屯地内「雄翔(ゆうしょう)館」で開かれている。啓祐さんの最期の様子は戦後70年たって初めて判明し、遺品展では兄を慕い続けた弟修次(しゅうじ)さん(75)らきょうだいの思いもビデオなどを通じて知ることができる。

 同駐屯地は海軍飛行予科練習生(予科練)ゆかりの地。啓祐さんは予科練第18期生として入隊した。1945年4月12日、艦上爆撃機で鹿児島県内の基地から出撃し帰らぬ人となった。遺族には終戦後、沖縄周辺海域で「攻撃突入」して戦死したとのみ知らされていた。

 残されたきょうだいたちは修次さんの退職後、各地の戦没者慰霊祭などを巡る「慰霊の旅」を続けてきた。そんな中、NHKの戦争関連番組をきっかけに調査した海軍遺族会関係者から2015年のお盆に、「沖縄南東喜屋武(きゃん)岬東方30キロ付近で米戦艦テネシーに突入した」と初めて詳細を知らされた。

 午前9時~午後4時半。月曜休館。入館無料。遺品展最終日の6月2日、同館隣の雄翔園で予科練戦没者慰霊祭が行われ、修次さんもあいさつに立つ予定という。(問)海原会03・3768・3351。