元号が平成から令和となった。平成は災害が多く、県内もたくさんの地域が被災した。古い自分の署名記事を探すと、1998年(平成10年)のコラムを見つけた。駆け出しの写真部員の青臭い記事だ。

 県北に甚大な被害をもたらした那須水害。記者が那須町へ向かい被害現場を取材した事が書かれている。被災者の「無言で冷たい視線」を感じながら取材し戸惑い、最後は被災者の避難作業を手伝っていた。伝えたい事がまとまらない文章は恥ずかしいばかりだが、一生懸命な若い自分がいる。ライフラインが閉ざされ、多くの被災者が「下野新聞を見せてくれ」と言った声も思い出す。

 あれから20年がたつ。パソコンやデジタル機器、ITなどが普及しマスコミを取り巻く環境も変わった。人口減少などで地域は苦しみ、その声にこれからも私たちは耳を傾けていきたい。後輩らが令和の時代を振り返った時、新聞が地域から何を求められ、どんな役割をしているのか。令和の始まりを見ながら考えてしまう。