宇都宮餃子を全国に発信した伊藤さん=2006年10月(宇都宮みんみん提供)

 「宇都宮餃子(ぎょーざ)」のブランドを全国に発信した「宇都宮みんみん」前社長、伊藤信夫(いとうのぶお)さんが27日夕方、病気のため宇都宮市内の病院で死去した。85歳。自宅は同市内。生前の本人の希望で遺体は献体され、葬儀は営まない。6月に「お別れ会」を開く予定。

 1960年、ギョーザ専門店「みんみん」(現・宇都宮みんみん)に入店し、73年に社長となる。93年に38店舗で任意団体宇都宮餃子会を設立し、初代会長として、ギョーザを通じた地域発展とギョーザ文化の普及振興に努めた。同会は2001年、協同組合として認可され初代代表理事に就任。「宇都宮市はギョーザの1世帯当たり年間購入額が日本一」という国の家計調査に着目し、官民一体となって宇都宮餃子の知名度を上げるため先頭に立って尽力した。

 人気ギョーザ店の味を1カ所で味わえる場所を提供しようと、宇都宮商工会議所とともに1998年、「おいしい餃子とふるさと情報館・来らっせ」を開店。点在するギョーザ店を観光客が回る負担を減らした。

 今や、年間約900万人の観光客がギョーザを食べるため宇都宮市を訪れている。99年から同会主催の「宇都宮餃子祭り」を開催し、20回の節目となった2018年11月は過去最多の30店がギョーザを提供、2日間で15万人が集まった。

■餃子会関係者、悼む声「一筋で真っすぐな人」

 ギョーザを通じた宇都宮市の街づくりに大きく貢献した伊藤信夫(いとうのぶお)さんの訃報が伝わった29日、宇都宮餃子(ぎょーざ)会の関係者からは、その死を悼む声が相次いだ。 

 「一つの時代が終わったような感覚です。伊藤さんは家族のような存在で、まだまだ相談したいことがたくさんありました」

 伊藤さんから代表理事を引き継いだ2代目の平塚康(ひらつかこう)さん(66)は無念さをにじませた。1993年、任意団体の形で同会を立ち上げ、共に運営や発展への困難を乗り越えてきた。

 「イベントに出店する際、伊藤さんはお金の損得よりも面白いか面白くないかで動いていました。決して器用ではなかったけれども、一筋で真っすぐな人だった」と振り返った。

 同会の鈴木章弘(すずきあきひろ)理事兼事務局長(46)は「伊藤さんの『おごらず、常に周囲への感謝の気持ちを持て』という言葉が忘れられない」と懐かしんだ。その言葉を胸に、積極的なPRで全国区となった宇都宮のギョーザ。今や多くの人を呼び込む観光の柱となったが、「ギョーザと街づくりへの熱意を引き継ぎ、伊藤さんの生きた証しを残したい。本当にお疲れさまでした」と鈴木事務局長。伊藤さんとつくり上げた同会の熱い魂は受け継がれていく。