ソウルパラリンピックで獲得した銀メダルを手に「東京大会での県勢の活躍を期待したい」と話す中村さん。手前は当時の写真とゼッケン=4日午後、宇都宮市泉町

ソウルパラリンピックで獲得した銀メダルを手に「東京大会での県勢の活躍を期待したい」と話す中村さん。手前は当時の写真とゼッケン=4日午後、宇都宮市泉町

ソウルパラリンピックで走り高跳びのバーを越える中村さん=1988年10月21日、ソウル(中村さん提供)

ソウルパラリンピックで獲得した銀メダルを手に「東京大会での県勢の活躍を期待したい」と話す中村さん。手前は当時の写真とゼッケン=4日午後、宇都宮市泉町 ソウルパラリンピックで獲得した銀メダルを手に「東京大会での県勢の活躍を期待したい」と話す中村さん。手前は当時の写真とゼッケン=4日午後、宇都宮市泉町 ソウルパラリンピックで走り高跳びのバーを越える中村さん=1988年10月21日、ソウル(中村さん提供)

 2020年の東京パラリンピックの開幕まで13日で500日となった。過去に夏季大会へ出場した本県のメダリストも開幕を心待ちにしている。1988年ソウル大会の走り高跳び視覚障害者部門で銀メダルに輝いた宇都宮市鶴田町、マッサージ師中村弘明(なかむらひろあき)さん(50)は当時を振り返りながら「スポーツで世界が一つになる喜びを味わってほしい」と次世代の活躍を期待している。

 88年10月21日、韓国・ソウル。当時19歳の中村さんは旧ソ連やベルギーの選手たちと熱戦を繰り広げていた。積み重ねた練習と研ぎ澄まされた感覚だけが頼り。助走の歩数や踏み切るタイミング、バーの高さは体に刻み込んで飛んだ。

 記録は1メートル78センチ。金メダルに3センチ及ばなかったが、「悔しさよりも、メダル獲得の喜びが一気に全身に込み上げた」と熱狂の瞬間を振り返る。

 視野の中心部が見えなくなる病を小学5年で発症した。中学で県盲学校へ進んでから走り高跳びの才能を開花させ、ソウル大会の2年前の全国大会で大会記録を更新して優勝し、日本代表に選ばれた。