史跡足利学校が所蔵している万葉集。典拠の一文が書かれている=1日午後、足利市昌平町

万葉集から典拠の一文を探す大沢伸啓所長(右)=1日午後、足利市昌平町

典拠の一文が書かれた万葉集=1日午前、足利市昌平町

史跡足利学校が所蔵している万葉集。典拠の一文が書かれている=1日午後、足利市昌平町 万葉集から典拠の一文を探す大沢伸啓所長(右)=1日午後、足利市昌平町
典拠の一文が書かれた万葉集=1日午前、足利市昌平町

 「あった、万葉集」-。足利市昌平町の史跡足利学校では1日、事務所職員が新元号発表の瞬間をテレビの前で見届けた。職員たちは「蔵書に出典はあるのか」と不安そうにつぶやき、すぐさま書庫へ向かった。発表の約20分後、「令和」の出典を見つけ歓声が響いた。

 元号は中国古典を典拠とするのが慣例だった。同学校は明治~平成の典拠となった国宝書籍のほか、明治直前の元治、慶応など過去の元号の出典も数多く所蔵する。「蔵書から新元号を」と今回も大きな期待を寄せていた。

 発表直後、担当職員の石川維(いしかわたもつ)さん(40)は「国書か」と複雑な表情を浮かべたが、書庫で万葉集が見つかり「本当に喜ばしい」と相好を崩した。

 同学校所蔵の万葉集は1805年(文化2年)刊行。計20冊のうち第5巻に典拠の一文がある。同学校によると、同市ゆかりの日本画家田崎草雲(たざきそううん)(1815~98年)の遺品などを管理していた有志組織「蓮岱会(れんだいかい)」が1904年(明治37年)に寄贈したとされる。

 重要文化財などの指定はないが、江戸時代から残る貴重な古書。大沢伸啓(おおさわのぶひろ)所長(59)は「書籍を長く守ってきた足利学校だからこそ出典も残っていた。誇りに思う」と胸を張った。6日~5月26日まで、万葉集を特別展示するという。