高校時代、受験勉強と称して深夜放送を聞きまくっていた。参考書は字面だけ追いながら、にんまりしたり吹き出したり。ディスクジョッキーの巧みな話術にすっかりとりこになった▼TBSラジオの名プロデューサーだった松沢良昌(まつざわよしまさ)さんは「ラジオは情緒に訴えるのが得意なメディアだ」と看破する。ラジオはリスナー個人に等身大の声で語りかける。パーソナリティーとリスナーは心理的に一対一の関係だというのだ▼エフエム栃木が4月1日に開局25年を迎える。全国でも数少なかったFM空白県の解消を目指し、県内財界の強い要望で誕生した。四半世紀を経て県民に定着したのも「私のラジオ」との路線をしっかりと築けたからだろう▼放送部長で今も現役アナウンサーを努める佐藤望(さとうのぞむ)さん(55)は開局に際してエフエム岩手から移籍した。「クルマ社会もあって、ラジオ好きの県民性が際立っていましたね」▼東日本大震災が発生したときは生放送中だった。災害情報を伝える中でFMの役割には癒やしもあると気付き、数日後には怖がる子どもたちにアニメソングを届け好評を博したことが大切な思い出という▼31日午後6時から記念の25時間生放送に取り組む。「とことん地元に寄り添います」。リスナーへの優しさがにじむ限り、次の50年目に向けてもラジオは健在だろう。