献花台に花を手向ける宇都宮北高の生徒ら=27日午前、那須町湯本

 「良い子だったのに」「8人の分も精いっぱい生きる」。大田原高の生徒と教員の計8人が亡くなった那須雪崩事故から2年となった27日、現場近くの小丸山園地(那須町湯本)に設けられた献花台には多くの関係者が足を運び、それぞれ思いを巡らせた。「遺族の思いを受け止め、寄り添い、応えることで償いたい」。福田富一(ふくだとみかず)知事はこの日の追悼式後、報道陣の取材に対し、遺族との間に横たわる「溝」を認め、反省を口にした。

 亡くなった浅井譲(あさいゆずる)さん=当時(17)=の祖父克秋(かつあき)さん(77)は同日午前、同園地を訪れ、事故現場の斜面を見つめた。大阪府堺市在住で、譲さんと最後に会ったのは事故の4カ月前。県内で一緒にボウリングをしたといい「譲は下手でね。教えてあげたんだよ」と回想した。