雪崩事故の発生から2年となるのを前に、取材に応じた生徒=20日夜、大田原市内

 那須町で大田原高山岳部の生徒と教員計8人が死亡した雪崩事故は、あす27日で発生から2年となる。8人と共に雪に埋もれ救出された同校3年男子生徒(18)は、事故との向き合い方を模索し続けている。悲しみは癒えず、山への抵抗感は拭えないが、過去に目を背ける考えはない。「いつか自分なりの折り合いをつけたい」。4月から県内の大学に進む。事故の教訓がどう生かされるかを、地元から見ていくつもりだ。

 生徒は全身が雪に埋まり、約1時間後に助けられ、他の生徒の救出に加わった。生還した当時1年生の同校部員2人のうちの1人で、事故半年後には報道各社に手記を寄せた。今回は1年5カ月ぶりに下野新聞社の取材に応じた。

 高校卒業を機に前向きになれたらとも感じるが、事故への思いは2年前とほぼ変わらないという。事故が頭に浮かんでは必死に消すことを繰り返す。山岳部の部室から足は遠のいた。みんなとのにぎやかな時間を思い出してつらかった。でも退部はせず、部の山行には自らを奮い立たせて参加した。

 「息子なりの責任の果たし方だったのかな」。生徒の父親は、部の登山活動に同行する生徒の姿を見て、そう感じたという。

 世間で事故の記憶が薄らぐのは、仕方ないと思い始めている。でも「せめて教訓だけは生きていてほしい」と強く願う。

 大学では地域貢献に力を入れ、卒業後は県職員として地域のために働く姿を思い描く。「今は被害者の立場でしか考えられないけど、行政に入ったら別の見方もできるかな」。悲劇を繰り返させないため、自分の中で事故に折り合いをつけるため、地元に残るとの考えが大きくなっている。

 節目のたびに他の生徒と共に遺族宅を訪ねてきた。26日も事故現場に近い小丸山園地で遺族が行う追悼の催しに参加する。8人に改めて約束するつもりだ。「みんなを忘れない」と。