勇次郎の服などを展示する計画を始めた白石さん(左)と聰司さん

 【矢板】日本ボクシングの父と言われる渡辺勇次郎(わたなべゆうじろう)(1887~1956年)の生家にある勇次郎の服や趣味で作った木彫りの展示を、市文化財愛護協会会長の白石哲夫(しらいしてつお)さん(71)=平野=が計画している。生家に住む親族の農業渡辺聰司(わたなべそうじ)さん(72)=安沢=と8日に会って了解を得た。白石さんは「多くの方に矢板出身の著名人を知ってもらう機会にしたい」と思いを膨らませている。

 白石さんと聰司さんは顔見知りで、2月に聰司さん宅を訪れた白石さんが勇次郎の作った木彫りを目にして「偉大な著名人が矢板にいたことを広めたい」と考え始めた。

 市史によると、勇次郎は4人の姉がいる末っ子長男。当時の中学4年で渡米してボクシングと出会い、カリフォルニアでライト級王者にまでなった。30代で帰国し、東京都に日本初のボクシングジム「日本拳闘倶楽部(けんとうくらぶ)」を創設。1928年のアムステルダム五輪では監督を務めた。