県の人口減少対策「とちぎ創生15(いちご)戦略」。新年度はいよいよ総仕上げの年となるが、歯止めを掛けるのは容易ではない。東京への一極集中はますます加速している▼先日、経済企画庁(現内閣府)長官などを歴任した作家の堺屋太一(さかいやたいち)さんの訃報に接し、首都機能移転によって一極集中の弊害を克服しようという動きが、かつて国会にあったことを思い出した。堺屋さんは国会等移転審議会委員も務め、確固たる信念を持つ▼移転審が首都機能の移転候補地の一つに「栃木・福島」を選んだのは1999年。その後、国土交通省のシンポジウムであった堺屋さんの基調講演は印象的だった▼「日本の歴史をみると、首都機能を移転しないで世の中を変えるのに成功したという例はほとんどありません」。その上で、東京は国際的な経済、文化のまちにすべきだと訴えた。だが、国会は議論を棚上げにしたままである▼三島通庸(みしまみちつね)が内閣直属の臨時建築局副総裁だった明治中期、さらに首都で厳しい水不足が続いた64年の東京五輪前-。首都移転の話はこれまでも、浮かんでは消えてきた▼今後も東京一極集中に歯止めが掛からなければ、移転論が再び浮上するかもしれない。その際、歴史から学ぶことも多いはずだ。国民的議論となるよう、国や国会には強いリーダーシップを願いたい。