ミャンマーの村人たちに保健衛生指導を行う名知さん(中央)=昨年2月

ミャンマーでの医療支援活動について語る名知さん=都内

ミャンマーの村人たちに保健衛生指導を行う名知さん(中央)=昨年2月 ミャンマーでの医療支援活動について語る名知さん=都内

 厳しい環境に暮らす人々の命と未来を守りたい-。獨協医大非常勤講師の内科医名知仁子(なちさとこ)さん(55)は、ミャンマー南西部の無医村で医療活動に力を注いでいる。衛生環境が悪く、最低限の医療さえ受けられない人々が多い農村部で、現地スタッフと共に巡回診療を始めて今月で5年目。乳がんを患いリハビリを続けながらも情熱は衰えない。

 ミャンマー最大の都市ヤンゴンから車で約5時間。デルタ地帯に位置するミャウンミャ地区に住む名知さんは、周辺の15の村を活動拠点にしている。診療所は地区に1カ所しかなく、交通費だけで平均日収(日本円で約200円)の3倍もかかることから、受診を諦める村人も多いという。

 舗装されていない道路を車で移動し、時に小舟に乗り換え、1日約20~80人を診療する。診察だけでなく、手洗いや歯磨きなどの衛生指導、栄養不足を補う家庭菜園作りの講習なども重要な仕事だ。

 新潟県出身の名知さんは同大卒業後、日本医大で11年間勤務した。ノーベル平和賞受賞者の故マザー・テレサの「もしあなたの愛を誰かに与えたら それはあなたを豊かにする」という言葉に感銘を受け、2002年、緊急医療援助団体「国境なき医師団(MSF)」に入った。

 最先端医療の現場を離れ、派遣されたミャンマーで「自信がガラガラと崩れた」。酸素チューブの代わりにわらを使い、血管が取れない脱水症状の子どもの頭に点滴の針を打つ。聴診器一つで命と向き合う現場に立ち、「猛勉強をした」と振り返る。

 45歳の時に乳がんを発症し、手術や抗がん剤治療を受けた。現在もリハビリのため、年に数回帰国する。

 自ら病気と闘いながら、「知識や栄養さえあれば助かる命を救いたい」と12年にNPO法人「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会」を設立。15年1月、現地での医療支援や生活支援を本格化させた。

 医師の存在さえ知らない人が多かった村で、名知さんの訪問を心待ちにする人も増えてきた。「野菜の収穫が増えて売れるようになり、子どもに小学校の制服を買えた」などと喜ぶ声も届く。

 「話をよく聞き、患者に向き合う。あるべき医師としての姿勢がここ(ミャンマー)にはある」と名知さん。「チャンスがあればぜひ若い医師たちにも挑戦してほしい」と、毎年6月には獨協医大の教壇で学生らに自らの体験を伝えている。