(株)深井製作所 代表取締役社長 深井 孟氏 

中堅企業に蛻変する時

 自動車部品の研究開発、解析から金型の設計、製作、プレス、溶接まで自動車板金部品の一貫製造会社として高い技術と評価を得ている。

 2018年は4月から新3カ年計画が始まる年。「今年は蛻変(ぜいへん)の年にしたい」。こう言い切る。「蛻変」とはチョウやセミなどが蛹(さなぎ)から成虫になる時に、堅い皮を脱ぐ状態を表す。「企業も生まれ変わりつつ発展していかなくてはなりません。中小企業から中堅企業に生まれ変わらなくてはなりません」

 太平洋戦争の時代、旧日本軍の戦闘爆撃機「零戦」の大半を生産した中島飛行機株式会社(SUBARUの前身)の協力工場として、足利郡(現足利市)で1938年に設立。終戦後は民需産業に転換し、富士重工業(現SUBARU)の「ラビットスクーター」の金型と部品の生産を受注。足利市の本社前にはラビットスクーターや、日本最初の国民車といわれる「スバル360」の実物が展示されている。

 SUBARUだけでなく、昭和40年代以降、日産自動車や農業機械の久保田鉄工(現クボタ)の協力工場にもなり、資本金増資、工場増築など日本の高度経済成長とともに発展してきた。現在は本社と併設する大月工場、同市内の駒場工場で自動車部品、プレス用金型、治具などを生産している。

 新3カ年計画では「環境変化に強く、揺るがない体質を構築し、夢を描き 夢を実現できる企業となる」を基本方針に掲げた。「『愚直に、地道に、徹底的に』を合言葉に業務を進めていきたい」と語る。

 EV(電気自動車)の普及や自動運転など自動車業界を取り巻く状況は目まぐるしく変わる。今後は部品の剛性力を保ちながら、いかに軽くするか、接合技術をいかに高めていくかに取り組んでいく。「第4次産業革命という時代が来るでしょう。『人並みの努力では人並み以上にはなれない』が座右の銘です。困難を解決するのは楽しいこと」と笑った。