永井中尉の墜落死現場に立つ石碑

 【足利】百頭(ももがしら)町で33人が犠牲になった1945年2月10日の「百頭空襲」で、米軍機を迎撃した陸軍戦闘機が樺崎町に墜落し搭乗員1人が死亡した。里山の墜落現場は今、小さな石碑が残るのみで墜落の事実を知る市民も少ない。空襲から74年目に当たる2月10日、有楽町の市民会館で始まる第21回足利平和展で墜落を伝える展示が行われる。

 約20年前に調査した足利郷土史料研究所主宰の菊地卓(きくちたかし)さん(74)=柳原町=によると、墜落死したのは陸軍飛行第244戦隊の永井孝男(ながいたかお)中尉。