活躍舞台さらなる高みへ

 

 日本にまだ「リサイクル」の言葉が定着していなかった1989年に古新聞・雑誌の回収から始め、その後、バイクや自転車、農機など扱い品を拡大していくことで年商4億円規模のリサイクルショップに成長させてきた。創業30年の節目の年頭に「誰もやらなければ、自分がやればいい。そんなポリシーを貫きながらここまでやってきました。飛行船という会社は、これからもずっと成長し続けていかなければなりません」と力強く語る。

 現在の主力商品は、トラクターやコンバインなどの農機だ。20~30年前に国内で製造された農機を全国の農家から仕入れ、修理・整備を施した上で北海道から沖縄まで全国の農家に販売している。「わが社の売りは、腕の良い整備士を7、8人も抱えていること。10年以上使われることのなかった農機に、新たな命を吹き込むのがわれわれの使命だと考えています。先日、大田原から来たトラクターが滋賀に嫁に行きましたよ」と破顔一笑する。

 「会社のもうけは世の中に還元しろ」をモットーに、東日本大震災の被災地支援活動などボランティアにも力を注いでいる。震災直後から自社の畑で栽培した野菜や多くの支援者から提供された物資を届け続けたほか、2017年12月には鹿沼店の道路向かいに「復興食堂 ゆめ広場」をオープン。東北の漁港から直送のホタテ、カキなどを食材に使ったレストランで、「震災を風化させないため」店内では被災地の復興の様子をビデオで流している。

 被災地支援への熱い思いはこれにとどまらない。震災から10年となる2021年をめどに、現在の鹿沼市内の店舗などを建て替え、三陸海岸の海産物を一手に販売する一大物流センターをオープンさせる予定だ。「復興支援のシンボルですから、施設名は夢のある『宇宙ステーション』にするつもりです」。飛行船の活躍の舞台は大空からさらなる高みに移行する。