生存戦略が問われる時代

 

 無線機を扱う会社として1963年に父が創業。その後、タクシー無線などの業務用無線、自動車電話などの販売を経て、92年、ドコモショップ事業部を創設。翌年、県内初のドコモショップ「宇都宮大通り店」を開店した。90年代後半には複数のドコモショップと併売店を県内に展開。当時、東京で映像制作の仕事をしていたが、携帯電話の普及に伴い、父から事業を手伝ってほしいとの要請が届く。

 「二足のわらじのつもりでしたが、携帯電話の販売はとても片手間でできるものではありませんでしたね」と振り返る。

 2001年に共同代表に就任し、事業を再点検してみると、飛ぶように売れる携帯電話を“さばく”ことに精いっぱいで、基礎が崩れているように思えた。抜本的改革を行うため店舗を宇都宮上戸祭店1店に集約。「当たり前のことを当たり前にやることを徹底しました。社員たちには、自分たちがやることの先には、常にお客様がいることを忘れないようにと訴えました」

 最も重視したのは、顧客視点の発想と自社への帰属意識だ。全社員が集まって意識を共有する時間をつくり、メールでもテレビ電話でもなく、直接会ってコミュニケーションを図る。こうした積み重ねで企業体質の改善を推進。満を持して宇都宮北店をオープンさせ、2店舗体制を確立した。社員の結束力は強く、それは定着率の高さにも表れている。

 「お客様に本当に必要とされるショップになる」ことを基本に置く。顧客に信頼される社員こそが、第一の商品だとも言う。日本社会における人口動態の変化、繰り返される企業の不祥事。企業はどうあるべきかが今、強く問われている中で、東日本大震災を機に経営に対する意識が大きく変わったという。

 「規模拡大だけを重視する成長戦略でなく、地域とともにどう生きるか、生存戦略が重要な時代だと思うのです」と強調した。