親心で若い人材を育成

 

 上水、中水(雑用水)、下水という「三つの水」の環境を見守り続け、今年6月で丸50年。「時流に乗り、社会の動きを捉え多くのチャンスをつかんできました」と振り返る。

 20歳代前半で栃木に赴任、親会社の三水化学工業の栃木エリアを一人で任され、「やるからには独立採算でやらせてくれ」と直談判し起業。飲料水用塩素剤の販売などを皮切りに、学校などのプールの濾過(ろか)装置の設計・施工・管理で軌道に乗せた。現在は多様な有資格者を擁する約20人の技術者集団としてポンプ場、水処理装置の設計施工を主な事業とする。県内だけでなく、茨城、東京にも裾野を広げ、自治体などから信用・信頼を勝ち得ている。「近年は公共施設の下水処理が主な仕事。今後もゼネコンなどと手を組んで、水力による簡易発電事業にも携わっていきたい」と意欲を見せる。

 会長となった今も、情報収集には余念がない。毎週のように東京の設備機器メーカーを歩いて関係性を保ち、チャンスをうかがうなど営業魂は衰えを知らない。人材不足が顕著な建設業界においては「何より人材育成が不可欠」と力を込める。常々「逆を考えよ」と口にしてきた。「要するに相手の立場になってみなさいということ。お客様と接する中でも気を効かすことが大事。そこを忘れている若者が多い」と手厳しい。

 「若い人材を育てたい」という思いは、日本古来の伝統文化にも向けられる。邦楽を習っていたフミカ夫人の縁から京都で舞妓(まいこ)・芸妓(げいぎ)として頑張る県内出身者の支援を10年前から始めた。2011(平成23)年に「日本伝統文化継承者育成実行委員会」を立ち上げ会長に就任。京都の芸・舞妓を招き、謡・踊りを楽しむパーティーを毎年11月に開催。収益金で箏などの伝統芸を受け継ぐ若者を助成してきた。本業でもボランティアでも会長職だが、「大事なのは親心です」と、鋭い眼光の中にも温かさを感じさせる。花街では「お父さん」と慕われている。