元実業団選手、原点のレースで「教員の夢」再確認 郡市町駅伝、6年ぶりの矢板・黒崎さん

 記録だけでなく、トップを目指す志をチームにもたらした。28日に行われた県郡市町対抗駅伝競走大会で、実業団の強豪・コニカミノルタで活躍した黒崎拓克(くろさきひろかつ)さん(32)=矢板市木幡=が6年ぶりに出場し、8区4位と好走。五輪出場の可能性が断たれた2年前に競技の一線を退いた矢板の英雄は、「教員」という新たな夢に向かって走りだしている。

 矢板中から大田原高に進み、東洋大では2年から3年連続で箱根駅伝のエース区間2区に出場。コニカミノルタでは早くからマラソンの練習を開始し、09年の青梅マラソン30キロで優勝。13年に結婚すると、14年の東京マラソンでは2時間9分7秒の自己ベストで11位に入った。いまでは3人の子どもに恵まれた。

 順調だったランナー人生。しかしキャリアを重ねるうちに座骨神経痛などの故障に悩まされ、タイムが伸び悩んだ。16年3月、リオデジャネイロ五輪の男子マラソン代表最終選考会を兼ねたびわ湖毎日マラソンで58位。「結婚して父親になった以上、自分のやりたいことだけやっているわけにいかない」と潔く引退を決意した。

 現在はコニカミノルタの総務部に勤務するが、久々の駅伝で中高生との触れ合ったことで、胸に抱いていた中学校教員の夢がさらに膨らんだ。「自分も中学の担任の先生から人生の基礎を学んだ。いつか自分が出られなかったオリンピックに行ける選手を育てられたら」。競技生活15年で味わった栄光と挫折は大きな財産。陸上人生の第二幕は始まったばかりだ。