歴史的遺構、湖底から出現 17年ぶり抜水の五十里ダム 日光

 取水設備の改修工事に伴う日光市川治温泉川治の五十里ダムの抜水作業が7日までに終わり、湖底に沈んでいた街道跡や江戸時代の領地の三方境を示した天然の巨石「御判石」といった歴史的遺構が17年ぶりに姿を現している。明治時代の旅行記などに登場するこの歴史的な景観は、3月に再び水没する。国土交通省五十里ダム管理支所によると、以降の抜水計画はなく、今回が遺構を見られる最後の機会になる可能性が高いという。

 工事は昨年10月に始まった。1877(明治10)年~1956(昭和31)年に使われた街道跡や御判石(高さ約10メートル)の遺構は、抜水後のダム湖底に流れる男鹿川左岸に位置している。同市西川の国道121号(会津西街道)の御判橋上から見渡せる。

 管理支所によると、ダムは56年に完成。抜水は3回目で、2001年までの3年間にわたった前回以来となる。夏季の渇水期でも遺構を見ることはできず、「人為的な方法で水位を下げないと見られない光景」という。

 会津西街道の歴史に詳しい市文化財保護審議会委員の大塚建一郎(おおつかけんいちろう)さん(61)=日光市藤原=によると、街道跡は1877年11月、現在のダム東側に整備された同市川治温泉高原と同市五十里を結ぶ道(距離約6・5キロ)。ダム西側にあった険しい山道を避け、人々の往来や物流を円滑にしたとされる。