足利市の史跡足利学校で開かれている企画展「元号」が人気という。天皇陛下の退位に伴い、新たな年号が制定されることで関心を呼んでいるのだろう▼元号制度の在り方については1970年代に国会で「西暦への一本化が分かりやすい」「日本の大切な文化、伝統なので維持すべき」などと論議された。その後、国論の二分は好ましくないとして79年、大平(おおひら)内閣時代に元号法が制定されて決着した▼先日、都内の日本新聞協会で元内閣官房副長官の石原信雄(いしはらのぶお)さん(92)から改元にまつわる話を聞いた。87年の竹下(たけした)内閣発足から七つの政権で副長官を務め、平成の改元に携わった生き証人である▼今の元号は複数の学者に依頼していくつかの案を出してもらい、最終的に平成、正化(せいか)、修文(しゅうぶん)の3案に絞られた。石原さんは88(昭和63)年9月、昭和天皇が大量下血し、重篤な状態になって初めて内容を知らされたという▼新元号の選定は平成と同じ手順を踏襲するのではと予想。公表時期は「新天皇の治世を表記するものだから早すぎるのは不自然。しかし国民生活と深く関わるので、なるべく早く示した方がいい」とした▼自身も関わった元号について「30年間、戦争は一度も起きず、平和が守られ言葉の意味通りになった」と振り返った。新元号がどうなるか、興味がますます湧いてきた。