古典落語の演目に「夢金」がある。強欲な船頭の熊蔵を主役にした滑稽話だが、その冒頭に振られることがある狂歌が〈欲深き人の心と降る雪は積もるにつけて道を忘るる〉▼日産自動車のカルロス・ゴーン代表取締役会長が逮捕されたとの衝撃的な一報を受け、頭をよぎったのが人の欲の深さということだった。かつて年間報酬が10億円を超えたと聞いたときは、あまりの額故にねたみの感情も湧き上がらなかった▼逮捕容疑によれば、実際はその倍の報酬を受け取っていたという。有価証券報告書に過少申告したのは株主らの批判をかわすためだったのか。ゴーン容疑者はグローバル化のもとでは巨額の報酬も当然と胸を張っていたが、実は日本の企業風土を気にしていたのかもしれない▼日産の主力工場で主に高級車種を製造する栃木工場をたびたび訪れていたゴーン容疑者。小紙の記事には「最高品質の車づくりで定評ある栃木工場の評価を確かなものにする」と誇らしげにあいさつする姿が載っている▼驚異のV字回復を果たせたのも徹底したコストカットによる従業員の痛みがあったからだろう。異例の逮捕劇に栃木工場のモチベーションが下がらないかと心配になる▼「絶対的権力は絶対に腐敗する」。英国の歴史家ジョン・アクトンの格言はより重みを増して警鐘を鳴らす。