杉線香を製作していた水車小屋と浅田さん

 日光市今市地域の伝統産業として知られる製粉用水車での杉線香作り。最後の作り手だった大室、農業浅田邦三郎(あさだくにさぶろう)さん(75)は2年前の関東・東北豪雨で作業場の水車小屋が被災し引退。1950年代をピークに、業界は後継者不足や高齢化、施設の老朽化などが影響し衰退。150年以上の歴史を重ねた水車使用の杉線香作りは、ひっそりと幕を閉じた。復旧後も再開は考えていない。

 本県の水車による杉線香作りの歴史は、江戸時代末期までさかのぼる。最盛期を迎えた50年代ごろは地域で70台以上の水車が回り、当時は全国一の産地として名をはせた。しかし、時代とともに同業者が次々と看板を下ろし、7年前に最後の一人となった。

 杉線香作りは半世紀以上も携わり、一人でも続けるつもりだった。しかし2年前の9月、豪雨で沢が氾濫し、濁流が水車小屋を襲った。「“情熱”が流された」と浅田さん。その濁流で小屋の基礎部分が腐食し、水車がスムーズに回らなくなった。かつての心地よいリズムも聞くことができなくなり、廃業を決めた。

 引退から2年。今年2月に県が補助金を出し、水害で故障した水車小屋の歯車や外張りが修復された。杉線香作りも可能だが復活は考えていない。「すっきりと辞められた」と農業などに精を出している。

 それでも毎日、水車小屋に行き故障の有無をチェックする。「水車が壊れたら、本当の意味で杉線香作りは終わり。回り続ける限り、朝も晩も見守りに訪れたい」。