作家5人が未来の窯業地の姿について語ったシンポジウム=9日、益子参考館

 濱田庄司(はまだしょうじ)登り窯復活プロジェクトの一環として、シンポジウム「益子/笠間が抱える課題と未来の窯業地の姿」が9日、益子参考館で開かれた。益子と茨城・笠間両産地の陶芸家計5人が、後継者不足、作家の精神性、産地の意義などについて語り合った。

 コーディネーターの平野良和(ひらのよしかず)県民芸協会会長(72)が、笠間焼の歴史は約240年、笠間から技術の伝わった益子焼が約160年と指摘。「明治35年の業界紙を見ると、当時の窯業界の百傑に益子と笠間の人1人ずつが含まれている。こうした先人の取り組みがあって今がある」と紹介した。

 現在の課題について、益子の大塚一弘(おおつかかずひろ)さん(51)は「今活躍している作家の子どもの多くは後を継がない。10年後が心配」と強調。伝統工芸士として「売れ筋ばかり作る部分も最近感じられる。伝統技術も伝えなければ」とし「春秋の陶器市で人が訪れてくれることはうれしいが、日々の仕事が私たちの仕事と改めて受け止めなければならない」とした。

 同じ益子の岩見晋介(いわみしんすけ)さん(53)は「里山や焼き物の歴史、そこに暮らす人に、外から移り住んだ自分は癒やされてきた。お客さんも感じてくれているそういう力について、『素晴らしいもの』と認識して、未来の窯業地の姿を考える必要がある」と訴えた。

 参考館館長の濱田友緒(はまだともお)さん(50)は「ろくろと電気釜がありインターネットで材料を買えば産地でなくても作陶できることなどから『産地は必要なのか』という議論もある」と説明。

 その上で「欧米ではあまり産地にこだわりがないと言われるが、日本では鎌倉時代ごろから産地があって、技術や伝統が熟成され連綿と続くというシステムがある。メジャーな産地が消滅することはないと楽観しているし、そうあってほしいと思う」と述べた。