普段から飲食店で使われている益子焼の器=1日午後、益子町益子

 11月の秋の陶器市に合わせ、益子町は5日開会の9月定例町議会に、「益子焼を使おう条例案」を提案する。「普段使い」の伝統を踏まえ、町産業の核として見詰め直すことで、他の手仕事なども含めた幅広い産業や観光の振興、地域の活力向上を目指す。

 地場産業振興を図る条例は、県の「地元の酒で乾杯を推進する条例」のほか、同種条例が小山市などにもある。全国では茨城県笠間市の「地酒を笠間焼で乾杯する条例」など焼き物を巡る条例も制定されている。

 益子焼は江戸末期、笠間で修業した陶工が始めたとされ、日用品として発展。昭和に入り、日用品に美を見いだす民芸運動を進めた人間国宝濱田庄司(はまだしょうじ)らによって飛躍した。

 町によると、益子焼の総販売額は2016年度、約29億円となり、ピークだった約30年前の3分の1。新たな商品開発を支援するなどして、19年度に38億円に増やす目標を掲げる。条例も後押しの一環。

 条例案には「益子焼の事業者は、普及に向け町や他事業者と協力するよう努める」や「町民は使うよう努める」を盛り込んだ。