【那須塩原】塩原温泉の福渡地区の旅館、商店の多くが焼失した1949(昭和24)年2月5日の福渡大火から61年。大火の記録を若い消防団員にも引き継ごうと、塩原消防団第1分団第1部の元部長磯晴夫さん(52)が、地元に残る当時の「記録帳」を読みやすく書き直した。磯さんは「非常に内容の濃い記録。現役の消防団員に、当時の人々の意志を伝えたい」と話している。
記録帳は当時、福渡地区を管轄していた古町消防団第5分団の伊藤与一分団長(故人)が記述した。午前10時ごろの出火や、周囲の旅館に次々と燃え移る様、夜を徹した消火作業などが克明に記されている。
火災は翌6日未明に鎮火。旅館、商店など60戸81棟を消失、数人が負傷した。焼け出された60戸のうち半数以上が他地区に移った。
磯さんは数年前、福渡地区の町内会が同地区の歴史をまとめた冊子を作った際、記録帳のコピーを目にし感銘を受けた。しかし「感一入(感慨もひとしお)」「転た(いよいよ・ますます)」などなじみの薄い言い回しが多用され、磯さん自身も初めは理解に苦労したという。
磯さんは当時を知る消防団OBらの助けを借り、語句の意味を確認した上で再度、パソコンでA4判2枚に打ち直した。
打ち直した文章は1月に行われた第1分団第1部の出初め式で、磯さんが団員らを前に読み上げた。現部長の伊藤令康さん(45)は「大火の話は父親や先輩から聞いていたが、あらためて読むと、出火当時の緊張感や懸命に消火した様子が伝わってくる」と話す。
記録の末尾は「恐るべきは火災なり 心せよ 準備 準備」で締められている。磯さんは「準備を怠らないという心構えは今の時代も通じること。これからも、この精神を忘れないでほしい」と現役団員に期待を込めた。