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白球の詩
父、兄に続けなかった夢 宇商・金敷秀明中堅手(2011年8月1日 05:00)![]() 32年ぶりに甲子園で「1番、センター金敷」のアナウンスを聞くことはできなかった。 決勝で作新に敗れた直後、応援席へとあいさつに向かった宇商ナイン。金敷秀明中堅手の目線の先には、1979年に宇商の中堅手として春の選抜甲子園出場を果たした父一美さん(49)の姿があった。 小学3年で野球を始めた金敷にとって、プロ野球ヤクルトの外野手として活躍した父親はあこがれの存在。同じく野球少年だった2歳上の兄翔太郎が作新に進んだのに対し、より大きな重圧を覚悟した上で父の後輩になることを決めた。 俊足巧打のスタイルは兄以上に若き日の父に似ていると言われた。1年生だった2009年には作新が夏の県大会を制覇。背番号「15」でベンチ入りした兄が、父に続いて甲子園球児となった。2人から直接言われなくとも「次は自分」との思いが湧き上がった。 迎えた最後の夏。決勝の大一番を前に、父から「自分のプレーに徹しろ」とアドバイスを受けた。1番打者として確実にボールを見極め、コンパクトなスイングに徹した結果は3安打4出塁。だが、作新打線の破壊力は予想をはるかに上回った。 応援席を見上げる両目に涙はない。グラウンドを見下ろした一美さんも「最後まで勝負を諦めずに頑張った。これ以上はできない」と拍手で頑張りをたたえた。 父と兄が足を踏み入れた聖地にはたどり着けなかった。ただ、負けたとは思わない。「甲子園に行った父や兄よりも仲間に恵まれた。宇商を選んで本当に良かった」。表情と銀色のメダルに一点の曇りもなかった。 その他の記事
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