大田昌秀さん、田村洋三さんに聞く

 太平洋戦争末期の沖縄で、県知事の島田叡(しまだあきら)と二人三脚で県民の疎開に尽力し、人々の命を救った宇都宮市出身の荒井退造(あらいたいぞう)。強い責任感で職務を全うし、命の尊さを説き続けた。その生き方は、没後70年の今なお人々を引きつける。沖縄戦に詳しい元同県知事の大田昌秀(おおたまさひで)さん(90)とノンフィクション作家田村洋三(たむらようぞう)さん(83)に、退造の功績や評価、今後への期待などを語ってもらった。

◇ ◇ ◇

 ■大恩人…広く顕彰を -元沖縄県知事 大田昌秀さん

 おおた・まさひで NPO法人沖縄国際平和研究所理事長。沖縄戦の研究に長く取り組む。元琉球大教授。沖縄県知事(2期)、参院議員(1期)。沖縄県宜野湾市在住。

 荒井さんは沖縄の大恩人だ。周囲の反対にもひるまずに疎開を強行してくれたおかげで、多くの県民の命が救われた。荒井さんがいなければ、犠牲者数はさらに増えたはず。広く顕彰されてしかるべき人だ。

 それなのに、島田知事と比べると知名度は低い。沖縄にも知らない人が少なくない。残念に思う。

 太平洋戦争当時、警察の統制はとにかく厳しかった。反戦思想やスパイ容疑の取り締まりで住民から恐れられていた。警察部長だった荒井さんの評価が戦後、高まらなかった要因の一つではないかと考えている。

 沖縄では今、集落の歴史や民俗をつづる「字誌(あざし)」の編さんが進んでいる。市町村史に載らない細かい事実が記され、中には荒井さんに関する記述もある。

 こうした記録を集めていけば、功績があらためて注目されるかもしれない。

 栃木でも顕彰が始まったのは、沖縄県民として非常にありがたい話だ。今後、荒井さんを知る人がもっと増えていってほしい。

 島田知事の出身地の兵庫と沖縄は、良い関係を結んでいる。戦後70年を機に、沖縄と栃木の交流も活発になることを期待している。

◇ ◇ ◇

 ■確固とした公僕精神 -ノンフィクション作家 田村洋三さん

 たむら・ようぞう ノンフィクション作家。新聞記者時代、沖縄戦に関する長期連載を担当。島田と退造の半生に迫る「沖縄の島守」(中公文庫)など著書多数。大阪府吹田市在住。

 島田知事の功績は広く知られているが、先に沖縄に来て活躍の下地をつくっていたのが荒井さんだ。荒井さんの働きがなければ、島田知事も現在ほどの評価を得ていなかったと思う。

 疎開を進める上で荒井さんが果たした役割は特に大きい。なので著書では「疎開の恩人」と紹介した。

 口数が少なく、周りにはぶっきらぼうに見えたようだ。それでも、やるべきことはしっかりとやる。一本芯が通り、己を貫き、真心を尽くす人だった。

 戦後70年。島田知事と荒井さんが再評価されているのは、今の政治家や官僚に足りないものを持っていたからではないか。確固とした公僕精神で、県民のために最期まで働き続けた。

 彼らの素晴らしい精神は、現在においても、あらゆる問題に向き合う際に最大の指針となるはずだ。米軍普天間飛行場の辺野古移設問題も例外ではない。

 島田知事の故郷の兵庫は、これまで沖縄と活発に交流してきた。栃木が置き去りになっているという思いがあったので、交流の動きが出始めたのはうれしい。

 戦中の偉人を皆で語り継いでいかなければいけない。戦争を知らない世代にこそ伝えていく必要がある。