顕彰 ■ 足跡たどり思いつなぐ

 「生き方 今こそ伝えたい」

 荒井退造(あらいたいぞう)が沖縄戦の激戦地で消息を絶ってから68年後の2013年6月。母校宇都宮高の同窓会報に、ある寄稿が掲載された。

 「荒井退造氏に瀧の原精神の真髄(しんずい)を見た」

 足跡を紹介したのは、郷土史を研究する宇都宮市砥上町、塚田保美(つかだやすみ)さん(83)。20年ほど前に退造の長男の著書を偶然手にした。

 戦時下の沖縄で、警察部長として県民の疎開に尽力した「滝の原」(同校の所在地)の大先輩がいたことに衝撃を受けた。

 「なぜこれほどの偉人が郷土で話題にも上がらないのか」。思いを込めた寄稿は反響を呼ぶことになる。

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荒井退造の母校・清原南小で室井光さんが行った道徳講話。地元での顕彰活動のきっかけとなった=1月19日、宇都宮市上籠谷町

 「多くの沖縄県民を命懸けで救った大先輩でした」

 ことし1月、退造の母校の宇都宮市清原南小。卒業生で元黒羽高校長の室井光(むろいひかる)さん(78)が子どもたちに語り掛けた。

 塚田さんの寄稿を読み、小学校の先輩と知った室井さん。退造の実家と遠い親戚に当たる荒井俊典(あらいとしのり)さん(77)と相談し、母校での道徳講話が実現した。

 俊典さんは苦笑する。清原地区の荒井家の縁戚者は6軒。「恥ずかしながら、退造を知っていたのは3軒だけでした」

 没後70年。地元に生前の姿を知る人はほとんどいない。「今、何かしなければ」。危機感から顕彰事業実行委員会を立ち上げた。

 動きだすと、人と人がつながっていった。

 室井さんの講演を聞いて感銘を受けた宇都宮高の斎藤宏夫(さいとうひろお)校長(58)もその一人だ。4月下旬、沖縄への慰霊の旅を思い立った。

 退造が執務した那覇市内の県庁・警察部壕(ごう)の見学のため問い合わせをすると、見知らぬ番号から折り返し電話がかかってきた。退造らの慰霊碑を管理する「島守(しまもり)の会」の事務局からだった。

 「栃木から連絡をもらったのは初めて。ぜひ案内させてください」

 思いが沖縄と結び付いた。

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退造ら殉職した沖縄県職員を慰霊する「島守の塔」の除幕式。米国統治下の1951年6月に建立され、参拝する人が絶えない=沖縄県糸満市摩文仁

 「共に疎開を進めた島田叡(しまだあきら)知事の方が顕彰されているが、荒井部長も本当に苦労されたんですよ」

 少年警察官として仕えた上原徹(うえはらとおる)さん(86)=沖縄県浦添市=は、「雲の上の存在」だった上司の名が故郷で埋もれてきた空白を惜しむ。

 6月下旬、沖縄に招かれた荒井俊典さんは、退造を慕う声を何度も耳にした。実感したのは、70年たった今も人を引き付ける退造の存在の大きさだった。

 「責任感が強い退造の生き方は、今の時代だからこそ学ぶべきものがある」

 地元で語り継いでいく覚悟を新たにした。