この人たちは心底悪いことをしたとは思っていないのではあるまいか。森友問題で引責辞任した前国税庁長官や、セクハラ問題で辞任した前財務事務次官、野党議員に暴言を吐いて訓戒を受けた幹部自衛官のことだ▼「組織内の論理や空気に従っただけ。なぜ自分がこんな目に」という思いを今もどこかに抱えていないか。これらの案件は、もちろん許されることではない。だがもっと悪いのは、指弾された当事者たちが、自らの言動の深刻さを真に自覚しないことだ▼1961年、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴した哲学者のハンナ・アーレントが驚愕(きょうがく)したのは、ユダヤ人虐殺の実態ではなかった。絶滅収容所への移送責任者だったアイヒマンが、自らの罪にほとんど無自覚だったからだ▼最悪の犯罪を粛々と進めたのは「命令に従っただけ」と繰り返す凡庸な役人だった。アーレントは、その凡庸さが「残虐行為を全部集めたものよりはるかに恐ろしい」と書く▼セクハラ発言の録音を「自分の声か分からない」とした前財務次官の釈明には失笑した。だが、笑っている場合ではない。これらの問題は民主主義の根腐れを招き、文民統制をも揺るがす▼当事者や責任者が自覚することがなければ、モラルの底が抜ける。辞任や処分だけで「一件落着」とすべきではない。