歌壇。和歌を詠む歌人たちのコミュニティーのことである。鎌倉時代に京の都に加え、幕府のあった鎌倉に存在していたのはごく自然のことだが、一地方の宇都宮に出現したのはなぜか▼中世の和歌文学研究で知られる早稲田大の田渕句美子(たぶちくみこ)教授が先日、宇都宮市内で「宇都宮歌壇の謎ー奇跡の文化圏」と題して講演した。有力御家人の宇都宮頼綱(うつのみやよりつな)の娘が著名な歌人の藤原定家(ふじわらのさだいえ)の子為家(ためいえ)に嫁いだことが第一の理由だそうだ▼両家の近しい関係が「小倉百人一首」の誕生につながったのである。さらに考えられるのが、鎌倉とは離れた距離にあったこと。もう少し近ければ吸収されていたのではという▼田渕教授は「宇都宮一族の和歌への関心が非常に強かったこと。当時の下野国の文化的な厚み、豊かな富の支えもあった」と指摘する。文化不毛の地どころか、先端をいっていたことに一県民として誇らしくなった▼県立博物館で29日まで開催中の「中世宇都宮氏展」では、この頼綱(法名は蓮生(れんしょう))の勇姿を活写した国宝「法然(ほうねん)上人絵伝」など数々の至宝が展示されている。宇都宮氏をテーマにした企画展は国内初の試みである▼国宝故の展示替えでこの絵巻は9日まで。一般になじみの薄い宇都宮氏の400年にわたる勇猛さと雅に彩られた歴史を学ぶにはうってつけの文化の秋である。