はしゃぐ妹のリュックを兄が背負う。2人が向かう先は、生活の苦しい子らを支援する居場所=12月25日、日光市内

 世界第3位の経済大国・日本に、信じがたい現実がある。

 14・9%-。

 2013年末、国連児童基金(ユニセフ)などが公表した「子どもの貧困率」だ。標準的な所得の半分未満で暮らす、18歳未満の子どもの割合を示す。

 お金がないために、得られるはずの人とのつながりや成長の機会、進学、就職の選択が損なわれる。「希望」さえも奪われる。

 それは命を脅かす「絶対的貧困」ではない。大部分の人と比べた「相対的貧困」と呼ばれている。

 少子高齢社会の「希望」であるはずの子ども。その6人に1人が貧困の中で生きている。

 かつて「1億総中流」と言われ、その安心感に慣らされた私たちに、実感はあるか、目を背けてはいないだろうか。

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 12月、宇都宮市内。

 あどけなく小さな16歳の少年は、自宅アパートで就職情報誌をめくり続けていた。

 父子家庭で4人暮らし。父の収入は不安定だ。高校に進まずに肉体労働の現場で働き、月数万円の給与を全額家計に入れている。

 それでも、しばしば食べ物が底をつき、支援者からの援助を待つ。少しでも高い時給で働きたい。

 支援者の女性が問い掛けた。

 夢はある?

 「車」

 そうじゃなくて将来どんな仕事をしたい?

 「車」

 興味がなさそうに繰り返す。

 女性は苦笑する。「車の整備士とか、そういう意味なんでしょうけど。夢とは何になりたいでなく、金を稼ぐ手段なんでしょう」

 11月、日光市内。すっかり日が落ちて暗い駐車場を、中学3年と小学4年の兄妹が身を寄せ合い歩いていた。

 まとわりつく小柄な妹を、背の高い兄が「仕方ないなあ」とおんぶする。心地よい満腹感に満たされている。

 生活保護家庭の兄妹。家計は苦しく、家で食事をすることは少ない。昼は学校給食。夕食は、支援者の元でおなかいっぱい食べる。翌日昼まで、何も食べずに済むように。

 深夜、仕事を掛け持ちする親の帰りを待つ小学生、経済的理由で進学をあきらめる高校生もいる。

 貧困は、さまざまな影響を及ぼし、子ども期にとどまらず連鎖していく。

 「当然いるはず」の親と別れ、児童養護施設で育った宇都宮市の女性(32)がいる。

 自信、希望…。大人になるまでに多くを失った。結婚した今、「育てられ方による差はすごく大きい」と感じる。

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 ことし「子どもの貧困対策推進法」が施行される。

 「子どもの将来が生まれ育った環境に左右されることのないよう環境を整備する」とうたう画期的な法律だ。

 子どもから、「希望って何ですか」と問われた時、私たちは答えられるだろうか。

 子どもが子どもらしくいられるには。自ら未来を選べる社会のあり方とは。

 きっと目を凝らさないと見いだせない。私たちは子どもの姿を見つめ、考え続けたい。

 「希望って何ですか」と。