本来あるはずの権利や選択肢を奪われ、「普通」の子と同じ人生のスタートラインに立てない。そんな子どもが身近に増えている。厚生労働省が2011年に公表した最新の日本の子ども(17歳以下)の「相対的貧困率」は15・7%(09年)。6人に1人が貧困状態で暮らしていることになり、1985年以降最悪だ。状況改善に向け、2014年、「子どもの貧困対策推進法」が施行される。貧困が子どもに及ぼす影響とは何か。私たちはどんな社会を目指すべきなのか。2人の専門家に聞いた。(子どもの希望取材班)

 マサチューセッツ工科大卒業、国際連合、海外経済協力基金を経て現職。2011年から厚生労働省社会保障審議会臨時委員(生活保護基準部会)などを務める。研究テーマは貧困、社会的排除、社会保障、公的扶助。

鍵を握る自治体の意欲

阿部彩あべ あやさん
国立社会保障・人口問題研究所社会保障応用分析研究部長

 ■子どもにとってその社会で「普通」と考えられている生活が送れないことを「相対的貧困」という。

 現在なら、大多数の子どもが持っているようなモノ(例えば、自転車やサッカーボールなど)が持てない、経験(例えば、修学旅行や遊園地へ行くことなど)ができないといった状態を指す。

 相対的貧困の基準は経済成長に伴って変わる。年配者が「自分の子ども時代は自転車などなかった」と話すことがあるが、自転車がないことの意味は、かつてと今で全く違う。

 ■日本の「子どもの貧困率」は、「貧困大国」といわれる米国よりは低いものの、大多数の先進諸国より高い。ひとり親世帯では半数を超え、とりわけ母子世帯が高い。母親の就業率は世界でもトップクラス=下図、国際比較。しかし、女性であり、かつ子どもがいることで安定した職に就けずに、低賃金しか得られない。

 日本はこれまで「国民総中流」の意識が浸透し、貧困問題に目が向けられない状況が長く続いて、子どもの貧困は政策課題に浮上してこなかった。国民に根強く残る「親ががんばれば何とかなる」という自己責任論は、子どもに転嫁できない。

 日本は、子ども関連の給付や学費など教育への公的支出は、国際比較すると非常に小さい半面、税金と社会保険料の負担が低所得層で重い。政府が、所得の再分配を行うことによって、子どもの貧困率が悪化している。

 ■子どもの貧困を放置すれば将来の国のコストがかさむ一方、子どもへの公的支出は、長い目でみるとリターンがある。

 民主党政権時の諮問機関の試算によると、国が2年間、再教育費などを提供した若者が20歳から約40年間働くと、その若者が払う税金や社会保険料は正規雇用の場合1億円程度、非正規でも4千万円程度になる。

 逆に若者が生活保護を受けた場合4、5千万円程度の費用がかかる。

 子どもの貧困の解決への公的支出は、ペイする投資。貧困の世帯への現金給付拡充をはじめ、さまざまな施策が必要。就学援助など地方自治体が主体の事業も多く、自治体のやる気が問われている。

 1961年生まれ。「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク共同代表。立教大大学院社会学研究科修了。児童養護施設、母子生活支援施設で10年間勤務。専門は社会福祉学。主な研究テーマは子どもや女性の貧困問題と社会政策。

「権利保障」へ意識転換

湯沢直美ゆざわ なおみさん
立教大コミュニティ福祉学部教授

 ■子ども期の経済的困窮は、衣食住の不足のみならず、健康、発達、学力などにも影響し、自己肯定感低下にもつながる。孤立が深まる中で支援が届かなければ、社会で生きる上での「不利」が積み重なり雪だるまのように大きくなってしまう。

 貧困は「声」も奪う。30代の4人に1人が非正規雇用となり、もはや若ければ安定した仕事に就ける社会ではない。それでも「自分が悪いから」と支援を求めず、困窮は深まる。貧困の発見は遅れ、抜け出せなくなる。こうして次世代に貧困が連鎖していく。

 ■子どもの将来が生まれ育った環境によって左右されないよう、「子どもの貧困対策推進法」が2013年6月、成立した=左下、骨子。少子化対策と比べ、貧困対策は置き去りにされてきたが、初めて「子どもの貧困」に焦点を当てた法律の意義は大きい。

 かわいそうな子どもを救うという発想ではなく、生きる、守られる、育つ、参加するといった「子どもの権利」を保障する発想が必要だ。

 「貧困対策を総合的に実施する」という国の責任が明文化され、内閣府に「子どもの貧困対策会議」が設けられる。省庁横断的な体制ができたことは、大きな前進につながる。

 課題もある。法律には貧困率の削減目標が記されなかった。実効性のある政策立案に数値目標は必須。今後策定される大綱に盛り込まないといけない。

 都道府県に対しては、子どもの貧困対策計画を定め、施策を講じる責任が明示された。だが努力義務にとどまり、自治体によって地域格差が出かねない。

 ■今は昔と環境が変化した。教育費負担は増加し、大学生の3分の1は奨学金という借金を抱えている。こんなハンディを背負わせ、果たして「努力すれば報われる」と言えるのか。

 子どもの貧困問題は「誰かの問題」ではない。容認できない不平等を是正し、公正な社会の実現のための試金石だ。あらゆる子どもが潜在能力を発揮できる社会を目指し、法律や大綱を地域の実情に合わせ使いこなすことが大事だ。

貧困率 右肩上がり
4人世帯 年収250万円以下

 日本の相対的貧困率は3年に一度、公表される。「子どもの相対的貧困率」は2003年13・7%、06年14・2%、09年15・7%となり、右肩上がりで上昇している。

 先進諸国の加盟する経済協力開発機構(OECD)の作成基準に、国民生活基礎調査のデータを当てはめ算出される。

 計算方法は、世帯所得から税金や社会保険料などを除いた「手取り」を世帯人数で調整し割り出す。その値を順番に並べ、真ん中の値の半分を「貧困線」と定義する。09年の貧困線は125万円。それを下回ると貧困状態と言い、「相対的貧困」とされる。

 国の調査を基に試算すると、貧困線の目安は、2人世帯約177万円、3人世帯約217万円、4人世帯250万円となる。

 国連児童基金(ユニセフ)などが13年12月に公表した日本の子どもの相対的貧困率は14・9%。厚生労働省と同じ統計データを基に若干異なる計算方法で算出された。