友だちと談笑する小河原沙織さん(中央)。3年前、父親を亡くした=2013年12月15日、東京都渋谷区

 現実として受け止められなかった。

 小山市の白鴎大1年小河原沙織おがわらさおりさん(19)が、故郷の福島県立白河旭高に入学した2010年の夏。

 学校まで車で迎えに来てくれた母順子じゅんこさん(57)がハンドルを握り、ぽつりと言った。

 「お父さん、がんだって」

 後部座席の沙織さんは、すぐに意味をのみ込めない。「手術したら治る」。そう信じたかった。

 入院した父栄吉えいきちさんの病は少しずつ、確実に進行する。

 元気なころ、宿題をする沙織さんにちょっかいを出した、ちゃめっ気たっぷりの父。やせていく姿を見るに堪えず、見舞いの足は遠のいた。

 翌11年3月5日。栄吉さんは55歳で旅立った。

◇ ◇ ◇

 沙織さんは3人姉妹の末っ子。5人家族は、娘たちが大きくなるまで仲良く並んで床に就いた。

 工場勤めの栄吉さんは土日の出勤もいとわず、よく働いた。それでも、年に1回は娘たちを山や海、東京ディズニーランドへと連れて行ってくれた。

 「普通」と思っていた暮らしは、崩れ去った。

 残された母娘4人の生活は、母のパート収入と遺族基礎年金で賄う必要がある。父の退職金などの限られた蓄えを、日々消費するわけにはいかない。

 「もう一つ仕事をしようかな…」と漏らした母。しかし「体が持たない」とあきらめた。

 1番上の姉は東京都内の私立大に通い、一人暮らし。バイトで生活費を稼ぐ。

 2番目の姉と沙織さんは高校生。授業料は国が無償化していた。「ありがたいね」。ほっとした母の姿を目にして、沙織さんも胸をなで下ろした。

 上の姉は大学を卒業して都内で働き始め、下の姉は高卒で地元に就職した。2人とも、実家を支えるゆとりまでは持てない。

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 高校3年になった沙織さん。

 進学?

 それとも就職し家計を支えようか?

 悩んだ末、「より安定した仕事に就くために大学へ行く」と決めた。母も賛成してくれた。

 大学選び。

 「こんなに学費、生活費がかかるなんて…」。初めて「お金」の問題を意識した。

 父がいたころ、「何かあったら親に頼ればいい」と考えていた。でも、もう父はいない。

 自らに及んだ貧困の影を感じていた。