塩尻真由美さんの自宅玄関に飾られる結婚式の思い出。挙式するまでには葛藤があった=2013年12月29日、宇都宮市内

 当たり障りのないはずの会話におびえ、ずっとうそをついてきた。

 自らのせいでないことは分かっていた。「でも、そんな自分がかわいそうに思えて…」

 児童養護施設で育った宇都宮市内のNPO法人職員の塩尻真由美しおじり まゆみさん(32)は、自立しひとり暮らしを始めた。26歳になっていた。化粧品販売会社での仕事も充実していた。

 高校卒業後、就職。社会に放り出され、崩れ落ちそうになった。元施設職員の石川浩子いしかわ ひろこさん(53)に手を差し伸べられ、7年間一緒に暮らした。

◇ ◇ ◇

 化粧品販売の仕事でのやりとり。お客さんは、真由美さんの親世代が多い。

 「お母さんて、何歳ぐらい?」

 尋ねられるたび、こう答えた。

 「お客さまと同じくらいですよ」「一緒に買い物にも行きます」

 必死に普通の家庭で育った自分をつくり上げた。

 「施設出身」と言いたくない。親に必要とされないことが寂しく恥ずかしく、同僚にもひた隠しにした。

 好きな人にだけはうそをつきたくない。付き合いだしてまもないころ、打ち明けた。

 「おれも自分の家しか知らないし、普通かどうかも分からない」

 彼は、笑って受け止めてくれた。

 この人となら自然でいられる。交際は6年間に及んだ。

 意識し始めた結婚。祝福されるはずの挙式を考えると、気がめいった。

 来てくれる人に、「施設出身」をどう伝えるの。それとも伝えないの?

 彼の両親は温かく受け入れてくれたが、親戚はどう? 招待客の肩書は。好奇の目にさらされないか。

 石川さんは「新婦の母親として出席してもいい」と言ってくれた。

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 でも-。これ以上うそはつきたくない。

 同僚たちに結婚式の招待状を渡す時、意を決して打ち明けた。

 みんな驚き、店長は涙声で言った。「どうして話してくれなかったの。聞いたって、何も変わらないよ」

 思いがけない言葉だった。

 2011年の結婚式。施設関係者は「恩師」の肩書で出席した。石川さん手作りのウエディングベールをまとい、バージンロードは施設の元職員がともに歩いてくれた。

 「おめでとう」。あちこちから上がる祝福の声。

 背負わされ続けた荷物を下ろした自分が、そこにいた。