吹奏楽部に所属していた中学生のころの楽譜。大好きで続けたかったが、高校ではあきらめざるを得なかった=12月27日、宇都宮市内

 我慢ばかり続けると、「選ぶこと」をあきらめてしまう。

 高校卒業までを宇都宮市内の児童養護施設で育ったNPO法人職員の塩尻真由美しおじり まゆみさん(32)。小学生のころのこんな記憶がある。

 自分だけのお部屋がほしい。お誕生会に呼ばれたお返しにお友だちを招待したい…。

 「でも施設じゃ無理」。いつの間にか「欲しい」「したい」と言えなくなった。

 「そういうのって、子どもらしくないですよね」と振り返る。

 小学校高学年になって管楽器部に入った。中学生になると、親から高価な楽器を買ってもらう子もいたが、「そんなの無理」。小学生の時と同じように学校にあったユーフォニウムを担当した。

 高校でも大好きな音楽を続けたい。でも楽器は自前で買う必要があり、遠征費もかさみそう。半ばあきらめつつ施設に相談した。「難しい」と言われた。

 「お金がかかる」と大学進学は考えたこともない。高校は「就職に有利」と商業科に進んだ。成績は優秀で常にクラスで2番。就職先の選択肢は多いはずが、外せない条件があった。

 「住み込み」であること。

 卒業後は施設を出なければならい。「条件」を考えると、選びようがない。高卒の初任給で部屋を借りるのは難しい。

◇ ◇ ◇

 社員寮のある県外のバス会社のバスガイドから社会人生活を始めた。

 選べなかったその仕事によって追い込まれていく。

 朝4時からの勤務。客からのセクハラは日常茶飯事だ。運転手に「ガイドもろくにできないんだから我慢しろ」と突き放された。

 長期休暇になると、同僚は一斉に帰省した。でも自分の帰る場所はない。友だちの家を転々とする。寂しさばかりが募った。

 何より、「自由」に戸惑った。

 自分の欲求を抑えてきた施設での15年間。外の世界で急に「自由にしていい」と解放されても、何をしていいか分からなかった。

 周りを見回しても相談できる人はいない。孤独が身に染みた。

 就職し1年たったころ。眠れない夜が続く。

 「このままじゃ死んじゃう」

 仕事を辞めたら寮を出ることになる。行き先は、ない。

 施設の同級生たちの顔が浮かぶ。大半は中卒。仕事を変え、女の子は風俗嬢、男の子はヤクザになったとのうわさは絶えない。

 「キャバ嬢とか風俗やるしかないかも…」