写真と俳句の間をどう「付かず離れず」の関係にできるか。例えば、桜満開の美しい写真に、桜そのものを詠んだ高浜虚子句〈咲き満ちてこぼるヽ花もなかりけり〉では付き過ぎであり、また、芭蕉句の〈夏草や兵どもがゆめの跡〉に、単に夏草の生い茂る写真でもイメージは広がらない。

 コラボレーションの妙が飛躍を生み、思わず頬がゆるむ滑稽さ、ウイットのある作品になるが、かけ離れすぎると判じ物になり、合わせる双方の季節のずれ(例えば春の写真に秋の句)が起きると、違和感が出てしまう。

 作品の作り方では、2L判プリントの写真をA4サイズの用紙に貼る。写真は上か下か、左か右かも考える。俳句は一行、多行書きかのバランスを考慮して書き、しばらく壁に貼り、眺めて、写真と俳句の関係に違和感があれば、写真を取り換えたり、俳句を換えたりし、最後に落款を押して完成となる。どんな額装にするかを考えるのも至福の時間だ。

 また、今はパソコンで簡単に写真に俳句を書き入れられる。私は写真も俳句も大事にすることから、あくまでも一対一の関係を重要視している。折角の写真の画面が壊れ、入れた俳句が詠めない状況も起きるからだ。

 文字が下手、悪筆にかかわらず、自分で墨書することを勧めている。これは、撮る、詠む、書くの三位一体が、アートとしての味わいと風合いとなり、作品の達成感を得るとともに愛着も増すからである。 (中谷吉隆(なかたによしたか)・写真家、俳号龍子)(終わり)

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 作品解説 ある年の十二月初旬、東京・神宮外苑の銀杏並木は落葉し、舗道は黄色いじゅうたんのよう。昨今の自転車ブームもあって、洒落た自転車が行き交う。愛犬を連れての散歩にも出会い、そういった光景をスナップしておいた。俳句は、二年後の昨冬にできて組み合わせてみた。暖かな冬の一日を、楽しむ人々の雰囲気を出せたと思う。季語は、小春日も考えられるが、自転車からしてスポーティな冬帽子を被っているとした。