写真は事物、光景などの一瞬を視覚的に捉え、俳句は言語を用い、五・七・五という十七音で一瞬を詠む。独立した表現形態の写真と俳句を一人で撮り、詠み、二者をコラボレーションするのが、「フォト俳句」である。

 明治、大正時代の俳句をたしなむ人々が、西洋から渡来した写真の描写性に惹かれ、取り合わせを試行した。しかし、写真が一般化しておらず、本格的になるのは昭和四十年代に、関西在住の俳人、伊丹三樹彦(いたみみきひこ)氏が、「写俳」活動を開始してからである。

 カメラが普及し、操作も簡単になるにつれ、このコラボレーションの楽しみが徐々に理解されていった。「俳写」「写真俳句」「フォト575」「フォト×俳句」などの呼称があるが、内容としてほとんど同じもの。

 私は古くて新しいアートと位置づけていて、8年前にスタートしたカメラ誌「フォトコン」、4年前から選者を務める、長野県の信濃毎日新聞の読者投稿欄では、投稿者、作品数も年々増加し、全国選手権大会が開催されるまでになった。特に、俳句を趣味にしている方の応募が顕著であり、カメラがデジタル化したことで、写真を撮る行為が容易で身近になったからだと思う。

 また、長野県の信州キャンペーン実行委員会が「花フォト俳句コンテスト」、埼玉県熊谷市は、作家、森村誠一(もりむらせいいち)氏を審査員に、「写真俳句」を全国から募集するというニュースが伝わり、注目度が上っている。

 (中谷吉隆(なかたによしたか)・写真家、俳号龍子)

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 作品解説 俳句は、漁港で水揚げされた蛸を見ていてできた。組み合わせをあれこれ考えていて、以前に遊園地で撮った写真を思い出しコラボレーションした。ひょうきんな表情が面白く、この句と合わせると本物の蛸ではないだけに、すっとぼけたユーモアのあるものとなり、あたかもこの蛸と会話を交わしているようで、春の季語「長閑(のどか)」(春の日を浴びのんびり、ゆったりした気分)を味わっている感じの、滑稽味のある作品になった。