音楽家 坂本 龍一さん

 足尾鉱毒事件被害民救済のため、生涯をささげた田中正造。政治家、社会運動家としてだけではなく、エコロジストであり人権思想の持ち主であり、非戦論者の顔も併せ持つ。正造の思想を現代にどう生かすか。正造を「尊敬する人物」に挙げ、自ら森林保全や脱原発の活動をする音楽家坂本龍一さん(61)に聞いた。

 -東京電力福島第1原発事故後、坂本さんが正造の「真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」という言葉を発信して、正造やこの言葉が脚光を浴びました。正造に興味を持ったきっかけは。

 「ずいぶん前、環境問題に関心を持って本を読んだりするうちに。『真の文明は…』というあの言葉がとても強烈で。よく考えると、人類文明でそういう、環境破壊していない文明はまだない。必ず森を失って終わっている。地球大に広がった今の文明ではさらに急速です。森を失うのは文明の自滅です。正造は『これは本当の文明じゃない』と言っているわけです」

 -坂本さんはどんな思いを込めてこの言葉を発したのですか。

 「悲観的に言うと文明の絶滅が近づいているのだから、ぐずぐずしていられない。早くたくさんの人が目覚めて行動しないと難しい状態になる。なのに、福島のような過酷な事故を経験しても目覚めたくない人がいる。そういう危機感の象徴として正造の言葉があると思うんです」

 -日々の活動ではその思いをどんな風に反映させていますか。

 「個々に、というよりはもっと大きな、環境問題への危機感として。正造は具体的にどうしろと言っていない。こっちが本当の文明だと用意されているのでもない。あの言葉を思い出す度、不断に僕たちは努力しないといけないと思いますね」

 「文明とか人のことはどうでもよくて自分たちさえもうければいい、世界支配したいという黒々とした、負の欲望というのは、多かれ少なかれ近代科学技術には付いて回っている。実際、科学技術が発達している国が戦争に勝つわけです。そういう人間性のところから変えなければならないということも、正造の言葉は示唆していると思うんですね」

 -事故を経験し、多くの国民はそれまでの生活の在り方が果たして正しかったのか真剣に問い直しました。ただ、その思いは徐々に風化している気がします。

 「僕は職業柄、全然小さくならないですね。あのとき受けたショックをそしゃくし、どう表現として出すか、ほぼ毎日考えている。ただ、そしゃくするのは難しい。真の文明を1人で考えて探しに行けば見つかるわけではないから難しい。みんなと一緒にやらなければならない」

 -正造を尊敬していると聞きました。

 「正造は足尾鉱毒を目の前にして、村人を助けようと一生懸命活動する中でエコロジカルな認識に到達してしまった。机上の空論で得たのではないところが偉いなあと。とことんやっていく中で、大局的に考えたから、100年後も通じる強い認識が出てきたんでしょうね」

 -100年も前の言葉なのに、まだ答えが見つかりません。

 「100年前と比べると何十倍も悪くなっているでしょ。ぼくとかは21世紀になるころ、これでやっと、戦争とか大量の廃棄物とか、20世紀の巨大な負の遺産を片付ける、クリーンな方向に向かうと希望を感じていたのですよ。それが21世紀の初めに『9・11』でガツーンと打ち砕かれた。10年ちょっとたって今度は自分の国で『3・11』。結構めげますよね」

 -よくなるどころか悪くなりました。

 「足尾鉱毒事件は近代化の必然で起こった。近代化って、利潤を求めること。富国強兵のため、軍事のためというのが錦の御旗になって、市民や自然の多少の被害は目をつぶれと。明治以前はもう少し違ったのかなという気もします」

 -でも江戸時代の生活には絶対戻れません。電気を使うのはやめましょうとはいきません。

 「電気を作る方法なんていくらでもある。江戸時代に戻れ、電気を使うなというのは荒唐無稽だけど、もっとクリーンでスマートな方法で作ればいいだけのこと。ちょっと関心を持てば、自分の近くに小さな発電所を作って普及させようとしている人や市民グループはあると思います」

 「もう一歩ですよね。僕が住んでいるニューヨークとかは、クリーニング屋を替えるくらい簡単に、化石燃料から風力とかの総合的な自然エネルギーの発電所に契約を替えられる。そういう環境にならなければおかしい。エネルギーの民主主義っていうんだけど、やろうと思えばできるんだよね」