TOP > 企画・特集 > グラバーへの手紙 奥日光を愛した人に

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 東日本大震災、福島第1原発事故から5年を迎えた。奥日光・中禅寺湖では汚染された魚の持ち帰り制限が続いている。約100年前には「長崎グラバー邸」で有名なトーマス・グラバーが奥日光に別荘を建て、湖や川で釣りを堪能していた。この土地を愛した英国紳士に、今も変わらぬ豊かな自然も含め震災5年の奥日光の今を報告する。

 早朝の中禅寺湖。静寂の中、突然、釣り人が動いた

写真企画 グラバーへの手紙

下野新聞SOON 毎週土曜日掲載

グラバーについて

トーマス・ブレーク・グラバー

 明治期の産業革命に貢献し、「日本近代化の父」と評される英国スコットランド出身の貿易商トーマス・ブレーク・グラバー(1838~1911年)。昨年7月には長崎市に残る住居「旧グラバー邸」の世界遺産登録が決まり、激動の半生や人物像にも注目が集まった。

 しかし奥日光に滞在した史実は県内でもあまり知られていない。

 1880年代後半、豊富な経験や人脈を買われて三菱財閥の幹部社員となったグラバーは、長崎から東京に拠点を移したとされる。

 そのころ、在留外国人の間で中禅寺湖が避暑地として注目され始めていた。英語の旅行ガイド本にはマス釣りができると紹介された。

 英国では昔も今も「釣りは紳士のたしなみ」と言われる。グラバーは89年夏、51歳の時に初めて中禅寺湖で釣りをしたとみられている。その後は湖畔に別荘を建て、夏になると釣りに明け暮れた。


 [写真説明]1898年ごろ、奥日光で釣ったマスを前にしたグラバー(左)と、後に中禅寺湖漁業組合の総代となる大島久治(大島久夫氏蔵)

奥日光の自然

国内屈指の名勝

 手つかずの自然が残る奥日光は国内屈指の名勝として知られる。

 県日光自然博物館によると、奥日光は「いろは坂」登り口から、金精峠の間に広がる地域を指す。日光国立公園の区域内で、開発などが厳しく規制されている。

 気候は北海道に似ており、夏は涼しい半面、冬の寒さは厳しい。2千メートル級の山々に囲まれた狭いエリアに、中禅寺湖や華厳の滝、戦場ケ原などの名所が凝縮された様子は「自然の箱庭」と称され、多種多様な動植物も生息している。

 中でも中禅寺湖の景観は、世界的観光地として名高い英国の湖水地方やスコットランド高地にも例えられ、欧米人観光客も目立つ。


長崎で有名な貿易商グラバーは晩年、奥日光に別荘を建て、湖や川で釣りを堪能していました