湖の再生へ思い結集

ヒメマス減少、生態系に異変か

中禅寺湖に注ぐ川に放流され、群れを成すヒメマスの稚魚。湖の未来をつなぐ小さな命だが、成魚になって川に戻る割合は極めて少ない

拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様

 

 夏の足音を感じる強い日差しが注いだ5月29日のことです。約115万匹ものヒメマスの稚魚が、冷たい川を泳いで広大な湖に旅立っていきました。

 増殖目的の稚魚放流は例年の光景です。今季も一見すると同じようですが、実は決定的な違いがあります。稚魚の母親、つまり昨年秋に卵を産んだメスに、湖育ちの魚が1匹も含まれていません。これは、中禅寺湖漁協が長年大切にしてきた伝統の方式が途絶えてしまったことを意味します。

 漁協は例年、産卵のために遡上(そじょう)した魚を捕獲し、稚魚を人工ふ化させてきました。成魚になるまで育てる手間が省けますし、厳しい自然界を生き抜いた魚は、水槽で育てた魚よりも上質で病気にも強い卵を持つことを知っているからです。しかし2014年と15年、捕獲数が2年連続で過去最低を更新。15年は卵があるメスを1匹も捕獲できませんでした。増殖を水槽の魚の卵だけに頼るのは過去に例がなく、不安を募らせる関係者もいます。

 

 ヒメマス激減に代表されるように、最近は「湖の生態系が変わった」との声をよく聞きます。原因の一つに挙げられるのが放射能汚染に伴う魚の持ち出し禁止措置。釣り人が魚を持ち帰ることで保たれていたバランスが崩れたとの見方です。

 ヒメマス激減は、魚の汚染や遊漁者減少に苦しむ漁協に追い打ちをかけます。県の放射性物質モニタリング検査に必要な検体数を確保できず、濃度を測れない空白期間も生じてしまいました。

 人工授精させた発眼卵の出荷も不可能になりました。卵から稚魚になるまでの間にセシウムは検出されなくなることが証明されていて、味や大きさの評価が高い湖育ちの魚の卵は、原発事故以降も他の漁協と取引できていたのですが…。こうして漁協は、収入源をまた一つ断たれました。

 

 悲観的なことだけではありません。今年に入り、湖の再生に向けた動きが本格化しています。具体的には次の三つの取り組みが挙げられます。

 ・年3回だったモニタリングを倍以上に増やす

 ・魚の汚染濃度と年齢の相関関係を研究する

 ・標識を付けてマス類の生態を追跡調査する

 追跡調査では、100人を超える一般の釣り人も魚の捕獲に協力しました。県や漁協など関係機関同士の連携も強くなっています。「愛する湖の再生のために」。皆の思いは一つです。




グラバーメモ

■激減の原因に諸説

 2014、15年のヒメマス激減の原因には複数の説がある。極端に個体数が多い世代「卓越年級群」の出現、近年増加が指摘されるワカサギとの餌の競合などだ。

 湖には毎春に放流された3~4世代のヒメマスが生息。稚魚の0歳魚、釣り針にかかり始める1歳魚、成熟し秋に遡上(そじょう)する2歳魚が主で、3歳魚はまれに見つかる。

 キャッチアンドリリース規制は12年の釣りシーズンから。持ち帰られるヒメマスが劇的に減り、例年より多くが成熟したと考えられる。実際に12年の遡上は約6千匹、13年は約5千匹で近年の最高水準だった。その結果、餌のプランクトン「ミジンコ」などが多く消費され、12年と13年の稚魚は餌の摂取が難しかった可能性がある。

 ワカサギは餌の競合だけでなく、ミジンコの餌「ワムシ」も食べるため、増え過ぎるとミジンコの減少を招き、ヒメマスにも影響が及ぶとされる。この他、捕食者の大型魚レイクトラウトの増加を原因とする声も根強い。

 水産資源学が専門の坪井潤一(つぼいじゅんいち)中央水産研究所研究員は「持ち帰り禁止導入がヒメマス受難の引き金。漁獲していたほうが資源量は安定する傾向がある」と解説する。