紳士が守る釣りの本場

王室御用達のリゾート地

パブで新聞を読みながら一杯。ビールやスコッチウイスキーが喉を潤す。スコットランドのアバディーン市内で

拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様

 

 約160年前。少年時代のあなたもこの川で、魚との駆け引きに一喜一憂していたのでしょうか。

 アバディーンを河口とするディー川流域は、英国屈指のリゾート地として知られています。趣ある古城が多く残り、英国王室が頻繁に静養に訪れるため、人呼んで「ロイヤル・ディーサイド」。緩やかな流れのほとりには、絵画のように美しい、牧歌的な風景が広がっています。

 あなたが子どものころに撮られた家族写真には、釣りざおなど大小さまざまな釣り道具が写り込んでいます。アバディーンは昔から漁業が盛んな港町。あなたも物心ついたころから、きょうだいと一緒に釣りを楽しんでいたと伝わっています。

 

 スコットランドは、世界のフライフィッシング愛好家の憧れの地です。母川に遡上(そじょう)するタイセイヨウサケは象徴的な存在で、春のサケ釣りの川として名高いディー川には、各国の釣り人が腕試しに訪れています。

 しかし近年、釣り関係者を悩ませる問題が出てきました。サケの激減です。2014年には漁業当局が全ての河川で、春に遡上した個体を殺さないように訴える前代未聞の措置が講じられました。

 ディー川も減少が如実な場所です。悪いことは重なるもので、昨年末に英国北部を襲った大洪水の最もひどい被害地となってしまいました。

 あなたが逆境に負けずに湯川へカワマスを定着させたように、関係者は連携してサケ数の回復を目指した取り組みを続けています。多くの川で採用されるキャッチアンドリリースはその一例です。

 各河川の第一線に立つのが「ギリー」と呼ばれる釣りガイド。川を知り尽くす紳士たちは、環境保護にも心血を注いでいます。ディー川随一の人気釣り場「バローギー・ビート」を見続けているショーン・スタントンさん(46)は「私にとってギリーは単なる仕事ではない。世界中の釣り人とのすてきな出会いも含め、この場所は私の人生そのものだ」と力強く語ってくれました。その真摯(しんし)な姿勢に、フライの聖地の神髄を見た気がします。

 

 ご存じのように、あなたの故郷には大自然の中で釣りを楽しめる河川や湖が点在しています。しかし、30年前。何の前触れもなく飛んできた放射性物質によって汚染されたのです。5年前の奥日光がそうだったように。




グラバーメモ

■英国サケ釣りの地位

 スコットランドを含む英国のサケ釣りは、釣り場管理の仕組みや社会的な位置付けが日本とは大きく異なる。

 日本では川や河川敷は公有だが、英国では大半が私有地のため、どこでも自由に釣りができるわけではない。有名河川の釣り場は私有地に集中、釣り場は「ビート」という区画に分けられ、地主や管理会社が運営している。ビートで釣る権利は予約が基本。1週間単位で売り出されるが、釣り客の数は厳しく制限される。

 伝統あるビートは、シーズン前にほぼ全ての予約が埋まるほどの人気。前年の同じ週に釣った人が優先的に予約できるシステムがあり、中には会員制を採用する場所も。新規で入り込める余地は小さい。一方の公有地では、当日に釣り券を購入できる場所がある。

 サケ釣りは今も裕福な階層の遊びと認識され、手軽なマス、コイ釣りと一線を画す。NPO法人ジャパンゲームフィッシュ協会の東知憲(ひがしとものり)常務理事(51)は「英国では釣れる魚で社会階層が明確に分かれる。閉鎖的であるがゆえに守られる伝統や様式美が魅力でもある」と評した。