存在感増す「懸け橋」

脚光浴びる2国の絆

パブで新聞を読みながら一杯。ビールやスコッチウイスキーが喉を潤す。スコットランドのアバディーン市内で

拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様

 

 スコッチ・ウイスキーは、世界中で高い知名度と人気を誇るようになりました。本場のパブに足を運ぶと、カウンターの奥にはボトルが所狭しと並び、その銘柄の幅広さに圧倒されます。

 信じがたいかもしれませんが、日本もウイスキー造りが盛んな国の一つで、スコットランドとともに世界の五大産地に数えられています。日本ではつい最近、ウイスキー人気が再燃しました。1929年に純国産酒の本格品を初めて製造した日本人男性と、彼を支えたスコッツ(スコットランド人)の妻の人生をモデルにした「マッサン」というドラマがテレビ放映されたのです。これを機に、両国関係への注目度も飛躍的に高まりました。

 

 この夫婦が脚光を浴びるよりも前から、あなたという存在が約9千キロも離れた両国を結ぶ懸け橋になっています。

 あなたが育ったアバディーン市は2010年7月、長崎市と市民友好都市になりました。市民レベルでの交流は1990年代半ばから続いています。あなたの名を冠した大学生の交換留学制度もあり、この8月には長崎市長をはじめとした20人規模の訪問団が現地に赴くそうです。さらに、2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップに際して、スコットランド代表チームが長崎市を事前キャンプ地に決めました。どれもあなたが取り持った縁であることは、言うまでもありません。

 

 ビジネスの場でも存在感を増しつつあるようです。アバディーン市は日本を重視した経済戦略を掲げ、日系企業の投資と地場の日本進出を促す組織を立ち上げようとしています。その名も「グラバー・クラブ」。かつて東洋で成功した貿易商は、行政にとっても頼りになる羅針盤というわけです。

 昨年末には「ザ・グラバー」というウイスキーが誕生しました。両国のモルトがブレンドされたこの銘柄には、両国の絆がさらに強固なものになることを願う人々の思いが詰まっています。

 スコットランドを訪れる日本人は年間約2万6千人。来日するスコッツは年間約5500人といわれています。奥日光には、スコットランド高地にも比類する雄大な自然景観が広がっています。あなたとの縁がきっかけで、もっと多くのスコッツにも訪ねてきてほしい―。そんな夢を思い描くのは、私だけではないはずです。




グラバーメモ

■埋もれた「長崎時代」

 旧グラバー邸や明治期の洋館が並び、年間約100万人が訪れる「グラバー園」。長崎市随一の観光地として有名だが、意外にも地元では長らく、グラバー自身や外国人居留地文化は学術的研究の対象とならなかった。

 同邸は1939年、グラバーの息子倉場富三郎(くらばとみさぶろう)が三菱重工業に売却。57年に同社が長崎市に譲渡して公開が始まり、後に別の洋館を含めてグラバー園と名称を改めた。

 誘客優先の半面、歴史考証は重視されず、近年まで史実と創作の境を曖昧にした展示や宣伝が続いたとされる。結果として「(同邸が)オペラ『蝶々夫人』の舞台」「天井裏の部屋に坂本龍馬(さかもとりょうま)が隠れた」などと根拠に乏しいうわさが広がることに。約2千点の収蔵資料も精査されず、多くは来歴不明のままという。「居留地資料の多くが英語で、郷土史家による研究を難しくした」と、居留地研究の第一人者で同園名誉園長を務めるブライアン・バークガフニ長崎総合科学大教授。「奥日光でグラバーの足跡が長く分からなかったのは、そもそも長崎で研究が進んでいなかったことも一因では」とも指摘した。