「動植物の宝庫」激変

シカ急増が引き金になった

「人間がいるぞ」。シカの発する警告音が柳沢林道沿いの林に響いた。「立ち枯れは食い止めたい」。人は、獣害を防止するために木の幹をテープで巻いた

拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様

 

 奥日光は「動植物の宝庫」と評されます。特にチョウや野鳥、高山植物の豊富さで知られ、あなたが滞在した明治期には国内外の多くの博物学者の研究拠点になりました。そんな背景もあり「ニッコウ」の名を持つ生物は優に100種を超えます。

 しかし、約30年前を境にある野生動物が急激に増え始め、生態系は様変わりしてしまいました。

 ある動物―。それは、ニホンジカです。

 シカは繁殖力が高く、各地で食害を引き起こしています。日光では1970年代までは珍しい動物でした。84年の豪雪時には、飢えたシカに世間の同情論が高まり、行政がヘリコプターから餌をまいたこともありました。現状を考えると、何とも皮肉なことです。

 

 日光白根山の山頂近くはかつて、高山植物のお花畑のような光景が広がっていました。残念ながら今ではそんな面影はありません。象徴的なのが、薄紫色のかれんな花で人気のシラネアオイ。90年ごろから急速に数が減り、今ではシカ除けの電気柵内でしか鑑賞できなくなりました。

 雪崩のように、奥日光全域で同じことが起きました。シカが好む植物が激減したのです。林床からササ類がほぼ消え、樹皮をむかれたウラジロモミの巨木が枯れていきました。約60種の植物が食害で激減したとする調査結果もあり、今ではシカが好まない植物が目立つようになっています。

 影響を受けたのは植物だけではありません。県内で唯一生息していたチョウ類のコヒョウモンモドキは幻の種に。林床で営巣するウグイスが減少し、彼らに卵や子育てを託すカッコウが減るといった連鎖反応も確認されています。さらに食害で裸地化が進むと、風水害のリスクが高まるともいわれます。

 

 シカの急増は人間が招いた結果でもあります。天敵オオカミの絶滅も影響したのかもしれません。奥日光では次のような要因も挙げられます。

 ・地球温暖化で冬に死ぬ個体が減った

 ・越冬地の足尾で植樹で緑が戻り、餌が増えた

 ・鳥獣保護区内のため、狩猟の影響を受けにくい

 原発事故は問題をさらに難しくしました。シカ肉の汚染が狩猟離れを招き、シカの過密化に拍車をかけた可能性も指摘されているのです。




グラバーメモ

■シカ害対策の変遷

 奥日光でシカ害対策が本格始動し20年余り。危機にひんする生態系を守るため、関係者の模索が続いている。

 県は1994年度、シカの間引き(駆除)を初めて盛り込んだ「県ニホンジカ保護管理計画」を策定。奥日光では当初、年間約200頭が捕獲されたが2001年以降は約100頭に落ち込み、生息密度も06年度以降は微増傾向となっている。計画は現在5期目。これまでに県は、狩猟期間の延長や雌の駆除頭数の制限撤廃などの規制緩和を実施。並行して被害防止のため、樹木に防獣ネットを巻くなどの対策を進めてきた。

 戦場ケ原や小田代原は全長約17キロの侵入防止柵で全域が囲まれ、設置した環境省が柵内での捕獲やモニタリングなどを行う。国有林を管理する林野庁も対策に本腰を入れており、情報共有のため14年には両省庁と県、日光市でつくる「日光地域シカ対策共同体」が発足した。

 環境省日光自然環境事務所の広瀬勇二(ひろせゆうじ)所長(56)は「立場の違う機関が一緒に対策を進める例はあまりないはず。相互理解や人手の補完に役立っている」と評した。