華麗 優雅な湖の象徴

釣りと並び立つ水上レジャー

帆付きカヌーが中禅寺湖の湖面を滑る。その昔、外交官らが楽しんだセーリングの情景がまぶたに浮かんだ

拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様

 

 青々と輝く水面と真っ白な帆が織りなすコントラストは、魅力を際立たせる情景の一つです。

 国際避暑地の全盛期には当たり前の光景でした。外交団の紳士が楽しむセーリングは、マス釣りと双璧をなす湖の象徴だったと伝わっています。

 1906年には英国大使を会長に、外交官で組織する「男体山ヨットクラブ」が発足。夏は毎週のようにレースを開き、35年には横浜のクラブと対抗戦を行った記録もあります。発足時にあなたは70歳手前。若いころに長崎の水上レースで活躍しただけに、きっと目を細めていたことでしょう。

 

 水上レジャーの文化は戦後、日本人が引き継ぎました。動力船の無秩序な利用で騒音などが問題になった時期もありましたが、県の主導で規制や船の削減が図られ、湖は本来の静かな環境を取り戻したといわれています。その効果もあってか、戦前とほうふつとさせる光景も戻ってきました。

 例えば最近熱心に活動する帆付きカヌー「セーリングカヌー」の団体は、かつての外交団と同じように上野島を折り返し地点としたレースを行い、全国から出場者が集まるそうです。中心メンバーの秋山治(あきやまおさむ)さん(64)は世界の湖を見てきたカヌーイスト。「中禅寺湖の景観は世界水準の素晴らしさ。避暑地時代のおしゃれな雰囲気がよみがえればもっと魅力的になる」と語ります。

 往時の再現を試みた行事としては例年9月のスワンボートレースもあります。外交団の華やかなレースとは一線を画しますが、毎回家族連れなどが大勢参加し、歴史を身近なものにしています。

 

 雪深い湯元地区では冬季スポーツが盛んです。温泉街近くのスキー場は初中級者に人気ですし、光徳地区は地形が平らでクロスカントリースキーに最適。最近は手軽に楽しめる雪上歩行具「スノーシュー」への関心も高くなっています。

 美しい自然景観を誇る奥日光は、屋外レジャーにもってこいです。かつてあなたや外交官たちが優雅に遊んだという事実が、この地のステータスをさらなる高みに導いてくれています。




グラバーメモ

■国際避暑地の時代

 グラバーの死後、国際避暑地として黄金時代を迎えた奥日光で存在感を放ったのが、国際社交クラブ「東京アングリング・エンド・カンツリー倶楽部(くらぶ)」だった。

 政財界要人の釣り団体「丸沼鱒(ます)釣会」を母体に、1924年発足。当時の首相加藤高明(かとうたかあき)が初代会長を務め、皇族や外交官などそうそうたる顔ぶれが加わった。「鱒釣りを紳士的に行うこと」を会則に、西ノ湖畔の御料地に養魚池を造成。同湖や柳沢川で釣りを楽しみ、会員が親睦や国際理解を深めた。27年にはグラバー別荘跡に同倶楽部の拠点「西六番(にしろくばん)別荘」を新築。国賓で来日した英国王子を受け入れたほか、ゴルフ場など運動場の造成も検討した。

 しかし戦争や世界恐慌のあおりで運営は停滞。西六番別荘は40年に漏電で焼失し、44年には倶楽部自体が解散に追い込まれた。跡地は2000年に県が公園として整備し、残された石造りの暖炉跡が当時の面影を伝える。

 倶楽部の中心人物ハンス・ハンター(1884~1947年)の命日9月24日には、同所で故人の功績をしのぶ「ハンター忌」が地元有志の手で執り行われている。