伝統死守へ苦渋の選択

釣り人監視する悲しい光景

早朝の中禅寺湖。静寂の中、突然、釣り人が動いた

拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様

 

 中禅寺湖の釣り環境は、4年前の春に一変しました。捕ったマスを食べる、親族や友達に贈る。あなたもしていた当たり前の行為が一切許されなくなってしまいました。受け入れ難い現実です。

 2012年4月、食品中のセシウム基準値(1キログラム当たり)が500ベクレルから100ベクレルに引き上げられ、大半の魚種のマスが基準を超えるようになりました。そこで翌月、湖を管理する中禅寺湖漁業協同組合(漁協)が導入したのが、キャッチアンドリリース。釣った魚をその場ですぐに再放流することが、この地で初めて義務化されました。

 濃度が下がるまで禁漁にする案が浮上したこともありました。しかし歴史ある漁場を守ろうと、条件付きでも釣りを続けようと決めたのです。

 

 待っていたのは苦難の連続でした。

 餌釣りファンなどで年間2万人超だった釣り人は、12年は7千人台に激減。組合員の脱退も続きました。「魚を食べられないなら」と所有する釣り船を手放す常連客もいて、漁協の収入は大幅に落ち込みました。

 さらに、ルールの徹底を求める国を納得させるためとはいえ、湖畔に監視員を配置せざるをえませんでした。それも数十人単位で。釣り人に監視の目が光る悲しい光景があちこちで見られました。批判や苦情も少なくなかったようです。原発事故後の変化を挙げれば切りがありません。

 

 暖冬の気配も弱まり、ようやく冬の奥日光らしい銀世界が私たちの目の前に広がるようになりました。マス釣り解禁日まで2カ月を切り、漁協は釣り人の受け入れ準備に余念がありません。

 幸いなことに、湖には釣り人でにぎわう風景が戻りつつあります。15年は約1万6千人が足を運びました。釣り券の値下げなども奏功したのかもしれません。新ルールの浸透で監視員は大幅に減り、スポーツフィッシングとしてのルアー、フライファンからは「聖地化」されるようにもなりました。

 将来に向けて明るい兆しもあります。若者の釣り離れが叫ばれる今の日本にあって、中禅寺湖は40歳以下の釣り人が増えているそうなのです。

 漁協の今の運営を支えている東京電力の賠償金が、いつまで支払われるかは分かりません。漁協専務理事の鹿間久雄(しかまひさお)さん(65)は「今後も最善を尽くし、伝統ある釣り場を未来に継承する」と決意を新たにしています。




グラバーメモ

■7県で制限や自粛続く

 水産庁によると5日現在、7県(岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉)の内水面で計16魚種が出荷制限措置などの対象になっている。

 措置は、国の原子力災害対策本部が指示する出荷・摂取制限と、県の要請や漁協の自主的判断に基づき、採補や出荷が自粛されるケースがある。出荷制限は魚種の汚染に地域的な広がりが確認された場合に出される。

 制約が続く湖は全9カ所。福島が5カ所で、猪苗代湖と裏磐梯三湖(うらばんだいさんこ)(秋元湖、桧原湖、小野川湖)ではイワナなどが出荷制限対象。原発から約120キロ離れた奥会津の沼沢湖は特産のヒメマスが採捕自粛となり、4季連続で禁漁を強いられている。地域経済も打撃を受けており、沼沢漁協の鈴木茂(すずきしげる)組合長(66)は「国や東京電力は淡水魚汚染にもっと本気で向き合ってほしい。禁漁が続けば、ヒメマスの存在自体が忘れられてしまう」と嘆く。

 関東では、県の要請で採補自粛が続く中禅寺湖の他に、霞ケ浦(茨城)と赤城大沼(群馬)、手賀沼(千葉)のウナギやコイなどが制限、自粛の対象となっている。