食性の違いで濃淡鮮明

ヒメマスは基準以下なのに

中禅寺湖に注ぐ柳沢川の水中。差し込む光と流れがつくるリズムの中を遡上するブラウントラウト。シューベルトの歌曲「鱒」のモデルがこの魚だという

拝啓 トーマス・ブレーク・グラバー様

 

 事故から日がたつにつれ、同じマス類の中でも魚種によってセシウム濃度の違いが目立つようになってきました。

 明確に濃度が下がったのはヒメマスです。水産庁の放射性物質調査で2014年4月以降、100ベクレルを超えたことはありません。一方で濃度が横ばい状態なのはホンマス、淡水最大級で全長1メートル以上にもなるレイクトラウト、そしてどう猛な性格で斑点模様が印象的なブラウントラウトの3種です。

 欧州の釣り人に人気のブラウンが中禅寺湖を泳いでいるのです。英国育ちのあなたが知ったら喜んでくれるかもしれませんが、残念な事実も伝えなくてはいけません。ブラウンは事故後に100ベクレルを下回ったことが一度もなく、私たちの大きな頭痛の種となってしまっているのです。

 

 汚染の濃淡は、食性の違いに由来するようです。

 ヒメマスが食べるのはほとんどプランクトンだけ。湖水の交換が進んだことでプランクトンのセシウム濃度が徐々に下がり、ヒメマスにもよい影響が出たといわれています。

 対して、ブラウンたちのように他の魚を積極的に食べる魚類は汚染レベルが高い傾向にあります。これは魚に蓄積されたセシウムを取り込んでいる結果と考えられています。さらに、大型魚が餌とする昆虫やハゼ科のヨシノボリ類、エビ類などのセシウム濃度がなかなか下がらないことも、濃度が高止まりしている背景にあるようなのです。

 生息水深や寿命の違いを、汚染の度合いと結び付ける研究もあります。水や泥の濃度は水深が深いほど高くなり、魚は体が大きく高齢であるほどに代謝が遅くなります。ブラウンは深い場所を泳ぎ、大型で長生きもするので、セシウムを蓄積しやすい魚種といわれます。東京海洋大名誉教授の水口憲哉(みずぐちけんや)さん(海洋生態学)は「今回汚染された湖では、中禅寺湖のブラウントラウトへの影響が最も長引くかもしれない」と警告していました。

 

 魚の持ち帰り禁止が終わる見通しは全く立っていません。地元には「ヒメマスだけでも」と魚種を限定した解禁を望む声もありますが、国が認めるかどうかは不透明です。ブラウンたちの濃度が下がらない限り、おいしくて有名な湖育ちのヒメマスを食べられない状況が続く可能性があります。

 セシウムで汚染された東北や関東の他の湖に、ブラウンのような大型の外来魚は生息していません。「マス釣りの聖地」と呼ばれるゆえんとなった魚種の幅広さが、こうした制限を長期化させる要因の一つになっている…。なんと皮肉なことでしょうか。




グラバーメモ

■魚種広がりの経緯

 中禅寺湖には全24種の魚類が生息するが、本(もと)を正(ただ)せば、全て人間が放流し定着したものといわれている。

 奥日光の湖や河川にはかつて、1匹の魚もいなかったと伝わっている。落差97メートルの「華厳の滝」の存在で魚が上ってこられないだけでなく、宗教的霊地として生き物の持ち込みが固く禁じられていたためだという。

 記録によると、1873年、麓の村の名主星野定五郎(ほしのさだごろう)が、湖を境内に含む日光二荒山神社の許しを得て、大量のイワナを初めて放流した。続いて政府などが琵琶湖(滋賀県)のビワマス、米国産のニジマス、十和田湖(青森県)のヒメマスなどを移植した。

 戦後には、研究用として北米原産のレイクトラウトが放たれた。今も日本では中禅寺湖にだけ生息している。サクラマスとビワマスの中間種のホンマスも湖固有の種だ。欧州原産のブラウントラウトの移植時期は不明だが、国内には昭和初期に移入されたという。オーストリア人の作曲家シューベルトの歌曲「鱒(ます)」のモデルとなった魚とされる。