もぎたての真っ赤な大玉を一口かじると、ほんのり甘くジューシーなおいしさが口の中、いっぱいに広がります。トマトにはビタミンA、C、Eや骨粗しょう症によいといわれるビタミンKなど健康に役立つ成分が多く詰まっています。生でも煮ても焼いてもおいしく、今や食卓に欠かせない食材になっています。

「容姿端麗」が由来

 北部に自然豊かな里山、南部に広大な田園風景が広がる足利市。渡良瀬川が流れ、豊かな恵みをもたらしてくれます。JA足利はトマト、イチゴ、きゅうり、ダイコン、ニンジンの5作物を共通の地域ブランド「あしかが美人」としてPRしています。トマトの統一品種は「麗容」。容姿端麗からその名がつけられましたが、実がしっかりとして割れにくく、糖度と酸味がほどよく調和しています。

 JA足利トマト部会の森山正和(もりやままさかず)さん(38)は就農5年目です。両親は自営業との兼業農家で、森山さんは大学卒業後会社員として市内で働いていましたが、2008年会社を退職し、海外で休暇を楽しみながら就労する「ワーキングホリデー」を活用し、オーストラリアに1年間滞在しました。帰国後、「会社勤めより自分で何かしたい。土地もあることだし、施設園芸で何かできないか」と就農を決意、県農業大学校で学び、2012年からトマト栽培を始めました。

収穫量、品質向上を

 就農1年目にトマトが「かいよう病」という病気にかかりましたが、2年目、3年目と徐々に収穫量が上がっていきました。現在の10アール当たりの年間収穫量は23トン。森山さんは「部会員で多い人は年間30トン以上収穫している人もいます。まだまだです」と話します。

 農業を取り巻く環境が大きく変わりつつありますが、森山さんは「やりがいがあります。手間を掛ければ掛けただけいいトマトができます。温度や水の管理が難しいですが、少しずつ覚えて品質と収穫量を高めていきたいです」と日々努力しています。

◇◆◇ 雑学辞典 ◇◆◇

●トマトの歴史

 16世紀以前、メキシコのアステカ族がアンデス山脈からもたらされた種からトマト栽培を始めたという。日本には江戸時代の寛文年間ごろ、長崎に伝わったのが最初とされる。当時は観賞用で「唐柿」と呼ばれていた。夏の季語とされている。

●県内のトマト

 冬春トマトを中心に栽培され、生産量は全国6位。宇都宮、小山、大田原、足利市を中心に県内全域で生産されている。 

次代を担う/JAうつのみや
篠原 郁彦(しのはら・ふみひこ)さん(27)/奥が深いトマト栽培

 父(弘一(こういち)さん)の代に始まったトマト農家です。短大を卒業後、県農業試験場での研修を経て22歳で就農しました。JAうつのみやではトマト青年部に所属しています。

 トマト栽培技術は宇都宮白楊高時代に多くを学びました。農業高校に進んだのは先生の勧めや実家が農家であることが理由です。ビニールハウスや水田には小学校のころから慣れ親しんでいました。

 トマトは「CF桃太郎はるか」という品種を栽培しています。甘みがあって、耐病性があります。トマトは約40アール、水稲4ヘクタールを栽培しています。一年で一番忙しいのは4月下旬ですね。

 就農1年目は約40アールのハウスを管理するので大変でしたが、4年目ぐらいから慣れてきました。育てたトマトを収穫するときや食べてもらって「おいしい」と言われたときはうれしいですね。今年のトマトは平年より玉が大きいですね。天気がいいので病気も少ないです。

 経営の勉強もしたいですね。6年やってきましたが、毎年同じように栽培すれば、おいしいトマトができるとは限りません。試行錯誤があり、とても奥が深いです。トマトは人間ではないので「病気だ」とか「水が欲しい」とは言ってくれません。父親に認められるように頑張りたいです。