山縣農場の範囲が記された絵図=17日午後、矢板市役所

 内閣総理大臣を務めた明治の元勲山縣有朋(やまがたありとも)(1838~1922年)が開設した矢板市上伊佐野の山縣農場を巡り、市は17日の定例記者会見で、絵図を含む開設当初の農場に関する史料6点が同所、公益財団法人山縣有朋記念館敷地内の農場事務所内で見つかったと発表した。

 絵図は土地取引に関する史料の一部につづられ、有朋が貴族院議員だった開設2年前の1884(明治17)年当時のものとみられる。開設に関する史料の発見は初めて。明治維新から150年の節目の年に、農場設立の経緯や規模の解明などが期待されそうだ。

 市などによると、農場開設の目的は分かっておらず、広さは言い伝えなどから767ヘクタールとされてきた。今回の史料から農場は736ヘクタールだった可能性が高まった。農場は1934(昭和9)年ごろから地元住民に無償譲与されるなどし、現在は記念館所有の山林と私有地の田んぼになっている。

 有朋から数えて5代目の同市上伊佐野、山縣有徳(やまがたありのり)さん(69)が4月下旬、開けられなかったダイヤル式金庫を業者に依頼して開けたところ、100点近い書類を発見。このうち一つの封筒の中に原野の開墾を国に申請した際の文書や地番図といった史料6点を見つけた。

 中でも重要な史料とみられる絵図は、地元住民と有朋の代理人が土地取引の契約を交わした「請書(うけしょ)」につづられた和紙に手書きで記され、縦約25センチ、横約34センチ。山や川、民地、境界が書かれ、字名なども記されていた。